佐久三十三観音 1 釈尊寺 小諸市大久保2250 布引観音
佐久三十三番観音霊場 第二番札所

宇賀山観音院東漸寺 

宗旨宗派 天台宗

本尊   阿弥陀如来

小諸市滋野甲671

由緒書きより)

当院は「宇賀山観音院東漸寺」と称し、宗派は天台宗で ある。戦乱・火災等で貞和二年二十一世 専海住職までの資料が残っておらず、開基年代等が定か ではない。寺伝によれば、平安時代後期第三代天台座主 慈覚大師円仁が東国巡化の折に開基したと伝えられている。
本尊は阿弥陀如来である。初めは洞善寺と称していたが正徳五年(1715)以降から東漸寺と称している。 (後略)

御朱印、佐久三十三番観音の御朱印
3 西光寺観音堂 小諸市西原 成就寺
佐久三十三番観音霊場 第四番札所

宗旨宗派 真言宗智山派

本尊   普賢菩薩

札所本尊 聖観世音菩薩

北佐久郡御代田町 塩野142
(由緒書きより)

浅間山真楽寺略縁起
往時、わが神国日本では、浅間山のような火を噴く山には木花之佐久夜毘売と云う、やさしい女神を祀って、爆発を鎮め、国の安泰と庶民の平安を御祈祷をさせて居りました。
真楽寺の前身がそれであります。
仏教伝来後三十六年たった即ち三十一代用明天皇の二年古文書によれば、「帝、神殿、伽藍を御造立あらせられ給い」とありますので、以来この寺を用明天皇勅願所と申します。詳しくは用明天皇勅願浅間山禅定院真楽寺大坊と云います。最初は寺沢用水の水源池にほど近い、通称禅定院跡にあり、ここから山頂に近い法印坊に毎日御祈祷に登ったと伝えられています。そして、七十六代近衛天皇の天養二年今から八百三十八年前に現在の所に移って来たのであります。その為大沼山真楽寺と云ったこともあります。当寺は地領も五千余町歩余あり、大本堂を始めとして厄除け観音堂この御堂は源頼朝公の浅間巻狩りの節(建久四年)七日間毎日頼朝公は四十二歳の厄除けに参詣したとのことで有名であります。
年を重ねて室町時代の初期には広い境内に三十余棟の諸堂がたちならび下には十三の坊があり、誠に関東にひびく大寺院
でありました。(後略)

御朱印、佐久三十三番観音霊場の御朱印
5 長泉寺 御代田町馬瀬口 神宮寺
佐久三十三番観音霊場 第六番札所 寶林山安養寺 

宗旨宗派 臨済宗妙心寺派

本尊   阿弥陀如来

札所本尊 千手観世音菩薩
.
佐久市安原1687
由緒については、詳しいことはわかりませんが
創建は、鎌倉時代貞治年間。中国で味噌づくりの技術を学び、全国に広めた法燈円明国師 無本覚心の遺言で建立されたと伝わります。
中世には末寺230余りを持つ巨刹だったといわれています。

安養寺には、武田信玄が残した六百巻の「大般若経」などの
県宝があります。

御朱印
佐久三十三番観音霊場 第七番札所

閼伽流山 観音院明泉寺 

宗旨宗派 天台宗

本尊   確認していません。

札所本尊 千手観世音菩薩

佐久市香坂西地2772
由緒(案内板より)

平安朝の初期、天台宗慈覚大師が諸国を巡錫した頃、香坂一帯は湖だったという。その風光が比叡山から琵琶湖周辺の景色に似ていた ので、この地に閼伽流山明泉寺を建立したと伝えられている。
山腹の観音堂脇には百体観音石仏の他、数多くの石仏群や、芭蕉句碑はじめ幾多の文学碑がある。また、閼伽流城跡は南朝の忠臣香坂高宗が宗良親王を奉じた所と伝えられる。
仙人ケ岳は、昭和天皇が御登山された所であり、佐久平を一望する展望台になっている。

御朱印
佐久三十三番観音霊場 第八番札所

熊野山 法禅寺 

宗旨宗派 真言宗智山派

本尊   愛染明王

小倉堂

佐久市志賀下宿3200
札所の小倉観音堂は、法禅寺から離れた所にあります。

由緒

(佐久市観光協会発行、佐久の寺院めぐりより)
創立は其の年代を詳らかにせず。寛永年間僧尊宥本寺の規模を拡張す。因って中興の開山と為す。爾来法燈連綿として絶えず又 往昔より醍醐報恩院に属ししが、明治二十九年総本山智積院末となる。 現在深章に至りて二十四世なり。

御朱印
佐久三十三番観音霊場 第九番札所

尾瀧山 大林寺 

宗旨宗派 曹洞宗

本尊   釈迦如来

札所本尊 聖観世音菩薩

佐久市平賀5064
由緒

慶長十二年創建と伝えられますが定かではありません8月には、約400年の歴史がある「大林寺観音まつり」が開催されるようです。

御朱印、住職不在のため書置き
10 大昌寺 佐久市常和2441
11 水落観音堂 佐久市田口 成田山薬師寺

佐久三十三番観音霊場第十二番。

新海山上宮寺

真言宗智山派

本尊阿弥陀如来。

開基上宮太子(聖徳太子)

創建は西暦600年ころ

佐久市田口2553

成田山薬師寺
当初は新海三社神社別当寺として、新海山上宮本願院神宮密寺と称し、神社境内に隣接していたそうです。
明治初頭に神仏分離令により現在地に移りました。
現在、新海三社神社にある三重塔は、当時のこの寺の塔です。
御朱印は本堂前に書置きが用意されていて、御朱印代を本堂内へ投げ入れ、頂く
13 岩崎堂跡 佐久市三分1058 遍照寺
14 千手院 佐久穂町平林263
15 妙音寺跡 小海町親沢 成田山薬師寺
16 宮の平観音堂跡 北相木村宮ノ平 諏訪社内、大龍寺

17 経の岩屋 北相木村京の岩 大龍寺
18 熊野宮 小海町小海本村979 松源寺
19 神光寺 小海町豊里長湖畔 廃寺(南牧村医王寺へ)
20 下の宮 小海町豊里松原湖畔 小海町稲子弥勒寺へ
21 熊野山本覚寺 佐久穂町畑大門 廃寺
22 籠の宮医王寺 佐久穂町下畑 廃寺
23 布杭岩 佐久穂町下畑
24 生往院 南佐久郡佐久穂町高野町柳町 岩下薬師
佐久三十三番観音霊場 第二十五番札所

少林山 桂霄寺 

宗旨宗派 曹洞宗

本尊   釈迦如来

札所本尊 千手観世音菩薩

南佐久郡佐久穂町高野町2794
由緒

永禄十二年上州の曹洞宗長源寺第九世為景清春和尚により開創されたと伝わります。延宝年間 現在地に移転、明治二十一年火災により諸堂焼失しましたが大正十四年本堂を再興、平成二十年に山門(仁王門)を再建しました。

御朱印、書置き
佐久三十三観音霊場二十六番

医王寺 日影観音堂

宗派 曹洞宗

本尊 曹洞宗ですから釈迦如来かと思いきや、医王寺という寺号から
   薬師如来みたいです。はっきりとはわかりません

佐久市臼田諏訪3713

略縁起については、詳しいことはわかりません。

延宝二年(1674)の開山と云われています。

佐久三十三番観音霊場は小さな霊場ですが、医王寺では普通に御朱印を
頂くことができます
27 普門寺 佐久市上小田切239 宝蔵寺
28 日向堂 佐久市根岸日向1387 多福寺
29 日影堂 佐久市根岸沓沢2804 大徳寺
佐久三十三番観音霊場 第三十番札所

金城山 康國寺 

宗旨宗派 曹洞宗

本尊   御鹿埜聖観世音菩薩

佐久市春日2935
金城山康國寺は、初代小諸城主松平康國の菩提寺です。
松平康國は、戦国時代、徳川家康から松平姓と「康」の文字を与えられた武将といわれます。

御朱印
佐久三十三番観音霊場 第三十一番札所

別府山 蓮華寺 

宗旨宗派 真言宗智山派

本尊   不動明王

札所本尊 聖観世音菩薩

佐久市春日883
佐久巡礼七十九番札所とのことですが、よくわかりません。

由緒については、平安時代治暦三年(1067)創設といわれ中世には十二の塔頭(坊)を有した古刹と伝わります。

御朱印は印刷
32 福王寺 佐久市協和1054
33 津金寺 北佐久郡立科町山部279
   平馬山 実相院延命寺 

宗旨宗派 真言宗智山派

本尊   大日如来

佐久市
 由緒(案内板より)
開基は天長二年と伝わっていますが、千三百年以前に勅願寺として創建されたという説もあり、確かなことは不明です。
その後、火災や戦火により消失、境内地も狭くなりました。
桜井郷を支配していた平馬丞実相は菩提寺再興を決意し、天正十一年 現在の伽藍を再建、自ら平馬山実相院延命寺と称し中興開祖となりました。 (後略)

御朱印
   城源山 雲興寺 

宗旨宗派 曹洞宗

本尊   わかりません

佐久市
 由緒を紹介します。(佐久市観光協会発行・佐久の寺院めぐりより)
明応八年顕宗全高大和尚が開創し、後に志賀城の麓に城主笠原新三郎清繁が、本格的な寺として再建したといわれ、堂塔 伽藍のよく整った風光明媚な禅宗の寺です。

御朱印は無しです
   武陵山 桃源院 

宗旨宗派 曹洞宗

本尊   釈迦牟尼仏

佐久市
 由緒
天文六年 第三代岩尾城主 大井行真公により創建され、当初本尊は延命地蔵尊とされて いたとのことです。

延命地蔵尊は、佐久市有形文化財です。

御朱印は、書置き
   長栄山 専立寺 

宗旨宗派 真言宗智山派

本尊   大日如来

佐久市
 由緒(案内板より)
 当寺は文禄三年安土桃山時代、円蔵院幸栄法印の創建にして、後に兵火のため焼失し、明和四年、九世一道法印に再建され、法燈連綿として今日に至る。
本堂は明治十九年小学校令が敷かれるまで野沢小学校の前身として多くの子供達が学んだ (後略)

案内板に、佐久郡八十八ヵ所霊場めぐり第六十二番札所とあります。

御朱印
   金龍山 長福寺 

宗旨宗派 天台宗

本尊   聖観世音菩薩

佐久市
 金龍山長福寺は、比叡山延暦寺の直末で文治二年(1186)の創立といわれます。

御朱印、書置き
   一行山無量壽院西念寺 

宗旨宗派 浄土宗

本尊   阿弥陀如来

佐久市
 由緒(由緒書きより)
西念寺は永禄三年岌往上人が武田信玄公の帰依を受け建立された浄土宗の寺院である。
開山岌往上人は信濃に四十ヶ寺、甲斐に二十五ヶ寺を建立された名僧である。
西念寺は、佐久の檀林と称されていた。小諸藩、岩村田藩の菩提寺であった。 (後略)

御朱印
   大田山 龍雲寺 

宗旨宗派 曹洞宗

本尊   十一面観世音菩薩

長野県佐久市岩村田
 由緒(案内板より)

当寺院は鎌倉時代の初め、地頭大井氏(甲斐源氏)の菩提寺(臨済宗)として創建されたが、その後戦火のため荒れ果て、位置も現在地へ移った。
 時あたかも甲斐国主・武田信玄が信濃の経略が一段落した永禄三年中興開基となり、北高全祝禅師を迎えて興隆をはかった。 (後略)

御朱印は無し
風と空と雲と・・・・・・・
寺社仏閣  古刹へ