みちびかれて 杜の揺らぎ
山梨県
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風と空と雲と・・・・・・・
御朱印
久遠寺

山梨県南巨摩郡身延町身延3567

山号 身延山

宗派 日蓮宗

寺格 総本山

本尊 三宝尊

創建年 1281年(弘安4年)  
   
文永11年、甲斐国波木井(はきい)郷の地頭南部六郎実長が、佐渡での流刑を終えて鎌倉に戻った日蓮を招き西谷の地に草庵を構え、法華経の読誦・広宣流布及び弟子信徒の教化育成、更には日本に迫る蒙古軍の退散、国土安穏を祈念した。

弘安4年に十間四面の大坊が整備され、日蓮によって「身延山妙法華院久遠寺」と名付けられたという[要出典]。日蓮は弘安5年(1282年)9月に湯治療養のため常陸(加倉井)の温泉と小湊の両親の墓参りに向かうため身延山を下ったが、途中、信徒であった武蔵国の池上宗仲邸(現在の東京都大田区本行寺)にて病状が悪化したため逗留し、6人の弟子「六老僧」を定めて、同地において同年10月13日に死去した。「いづくにて死に候とも墓をば身延の沢にせさせ候べく候」との日蓮の遺言に従い、遺骨は身延山に祀られた。当地では足かけ9ヵ年の生活であった。

日蓮の身延山での生活は日蓮遺文に記されており、「人は無きときは四十人、ある時は六十人」とあるように、大人数で生活をしていたと考えられている。各地の信徒より生活必需品が多く届けられ、日蓮はこの身延山をインドの霊鷲山に見立て、信仰の山として位置づけている。遺文の3分の2は身延山での生活する中で執筆されており、日蓮真筆の曼荼羅もほとんどがここ身延山で手がけられている。身延山は日蓮教団における最高の聖地であると位置づけられており、日蓮の遺骨は歴代の法主(住職)により、日蓮の遺言通り今日まで護られている。

室町時代の文明7年(1475年)には、11世法主日朝により、手狭になった西谷から現在地に伽藍が移転され、戦国時代には甲斐国守護武田氏や河内領主の穴山氏の庇護を受け、門前町が形成された。江戸時代には日蓮宗が徳川氏はじめ諸大名の帰依を受け発展し、宗門中興三師と賞される日重・日乾・日遠のころ、身池対論を経て対立する不受不施派を排斥して確固たる地位を確立した。その後、日脱、日省、日亨の三師以降壮大な伽藍を整えて正徳2年山内に133坊と最盛期を迎えた。

寛保4年(1744年)下之坊より出火し山内の11坊が焼失した。安永5年(1776年)七面山の諸堂を焼失した。文政4年(1821年)西谷御廟の八角堂と拝殿を焼失した。文政7年(1824年)祖師堂から出火大雨の中13棟が焼失した。文政12年(1829年)五重塔から出火し28棟を焼失し、山内寺中町方の大半も焼失したという。慶応元年(1865年)中谷の仙台坊から出火し支院17坊小堂8棟を焼失し、さらに延焼して上町、中町、上新町、横町、片隅町、下町の計100軒以上が焼失した。その後復興されるも、明治8年(1875年)1月に西谷本種坊からの出火により再び伽藍や寺宝を焼き尽くしたが、74世法主日鑑の尽力とその後の法主等の力により現在に至る。

久遠寺には数多くの経典や典籍・書籍、聖教や古文書類(身延山文書)が所蔵されており、「身延文庫」として一括され身延山宝物館に所蔵されている。身延文庫には「諸宗部」に分類されている他山・他衆により筆記・書写された典籍類も含まれている。
 塔頭寺院  東谷塔中
覚林房 - 行学院日朝
大乗坊 - 開基日澄(九老僧)
端場坊 - 開基四条金吾
蓮盛坊 - 開基日在
巡泉坊 - 開基巡泉院日泉
大林坊 - 開山中老僧日源
大善坊 - 開基大善院日辺
窪之坊 - 開基蓮華阿闍梨日持(六老僧)
志摩坊 - 開基中老僧日伝
延寿坊 - 開基宝蔵院日叙
大光坊 - 開基妙心院日奠

西谷塔中
妙石坊 - 開基学禅院日逢。七面大明神示現の処と伝わる。
南之坊 - 開基辨阿闍梨日昭(六老僧)
智寂坊 - 開基智寂院日省
武井坊 - 開基正行院日勢
岸之坊 - 開基久遠成院日親
樋沢坊 - 開基佐渡阿闍梨日向(六老僧)
林蔵坊 - 開基白蓮阿闍梨日興(六老僧)
北之坊 - 開基法寂院日円
麓坊 - 開基宝聚院日伝
清水房 - 開基龍華樹院日像
本行坊 - 開基比企大学三郎能本

中谷塔中
清兮寺 - 堀の内妙法寺別院
定林坊 - 開基宝蔵院日叙
竹之坊 - 開基大国阿闍梨日朗(六老僧)
恵善坊 - 開基智見院日暹
松井坊 - 開基波木井氏3台日長
円台坊 - 開基中老僧日源
山本坊 - 開基伊予阿闍梨日頂(六老僧)
花之坊 - 開基蓮華院日応
積善坊 - 開基宝聚院日伝
山之坊 - 開基宝蔵院日敘
 奥之院思親閣参道
松樹庵
感井坊

七面山参道
奴多山十万部寺
宗説坊(妙法大善神)
明浄院
神力坊(伽藍房様) - 開山円教院日意。
長徳山妙福寺(七面山鍵取り妙福寺)
雄滝辨天堂日教教会(大本山中山法華経寺奥之院別院)
肝心坊
中適坊 - 開山蓮信法師。
晴雲坊 - 開山善心院日修。
神通坊
安住坊(栃の木坊)
七面山敬慎院 - 身延山の西方、標高1982メートルの七面山山頂近くに位置する寺(宿坊)。七面山はかつて修験道の山として知られた。敬慎院には七面大明神を祀る(法華経信者の守護神、身延山久遠寺の裏鬼門を守る神・身延流祈祷本尊)。特に春と秋の彼岸の中日には富士山頂上からの御来光が有名で当日朝は多くの参拝者、カメラマンで混雑する。登山口は山梨県早川町であるが、山頂一帯は身延町飛地になっている。毎年9月18日夜 - 19日朝まで久遠寺より法主が登山し例大祭を行なう。境内の裏には枯れることのない池があり、そのほとりには池大善神が古来祀られている。なお、七面山の裏は和端渓といわれる名硯の産地雨畑がある。
     
     
     
     
     
     
     
     
     
   
     
     
   
     
     
     
     
     
     
   
     
   
     
     
     
 
   
     
   
     
     
     
     
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