Patrimoine de l'humanite
ベリーズ珊瑚礁保護区 ベリーズ珊瑚礁は、ユカタン半島南部、変化に富んだ海岸から20〜40kmの所にある世界第2位の珊瑚礁。世界遺産の登録範囲は、ベリーズ地区、スタン・クリーク地区、ト レド地区にまたがり、バカラル運河国立公園と海洋保護区、ブルー・ホール、ハーフ ・ムーン・キー天然記念物、サウス・ウオーター・キー海洋保護区、グローヴァーズ ・リーフ海洋保護区、ラーフイング・バード・キー国立公園、サポディラ・キーズ海 洋保護区の7つの構成資産からなる。
コパンのマヤ遺跡 コパンのマヤ遺跡は、ホンジュラスの最西部コパンの丘陵地帯の渓谷にある古代マヤ 文明の遺跡。海抜600mほどの盆地にコパン川が流れ、その北岸の肥沃な土地に都市国 家が築かれた。紀元前1000年頃から人間が住み、4〜9世紀に最盛期を迎えたことが石
碑から判明。2つのピラミッドを基盤として用いた神殿を中心に、祭壇、球戯場や美し い象形文字を刻んだ「神聖文字の階段」などが見られる。祭壇は、16代目の王の時代 に建造され、4つの側面に、それぞれ4人ずつ16人の王が、自分の名前を意味するマヤ 文字の上に座する形で彫刻されている。
リオ・プラターノ生物圏保護区 リオ・プラターノ生物圏保護区は、ユカタン半島北部、カリブ海に流れ込むプラター ノ川流域のモスキティアに広がる3500平方kmにおよぶ密林地帯。リオ・プラターノ生 物圏保護区の大半は標高1300m以上の山岳であるが、河口付近のマングローブの湿地帯
や湖、熱帯・亜熱帯林、また、草原地帯などの変化に富んだ環境の為に、アメリカ・ マナティー、ジャガー、オオアリクイ、アメリカワニ、コンゴウインコなど多様な動 植物が見られ、1980年に中米で最初のユネスコMAB生物圏に指定されている。
ウシュマル古代都市 ウシュマル古代都市は、メキシコ南東部のユカタン州プーク地方にある。ウシュマル 古代都市は、7〜10世紀頃、ユカタン半島の緑のジャングルに囲まれた丘陵地帯のプー クに栄えたマヤ文明を代表する都市遺跡の一つで、人口は、約25000人に達した。天文
学の知識に則った町並みと儀式の中心として使われた高さ36.5mの魔法使いのピラミッ ド、プーク様式の最高傑作とされる総督の宮殿、尼僧院、球技場などが残っている。
エル・タヒン古代都市 エル・タヒンは、メキシコシティの北東約200km、ベラクルス州パパントラの西9kmの 熱帯植物が覆う丘陵地にある。テオティワカン文化の影響を受け、7〜11世紀にかけて 全盛期を迎えた。トトナカ族あるいはワステカ族により建設されたとされている。雨
や風の神々をまつった6層の「壁龕(へきがん)のピラミッド」や球戯場に代表される 。メキシコの主要観光ルートからはずれており、交通の便も悪いことも幸いして、遺 跡の保存状態は極めて良好。本格的に遺跡の発掘調査が開始されたのは、1934年から で、現在約10分の1の遺跡調査が進んでいる。
エル・ヴィスカイノの鯨保護区 エル・ヴィスカイノの鯨保護区は、バハ・カリフォルニア半島のセバスティアン・ヴ ィスカイノ湾とヴィスカイノ半島の周辺に位置する。エル・ヴィスカイノは、プラン クトンなどが豊富な生態系に恵まれた海域で、毎年11月から翌年2月にかけて、北太平 洋のベーリング海から長旅をしてきた鯨が姿を現わす。特に、エル・ヴィスカイノの 鯨保護区は、巨大なコククジラが交尾と出産を行う貴重な繁殖地として、また、温暖 なのでシロナガスクジラなども越冬地としてこの海域に集まるサンクチュアリー(聖 域)である。
オアハカの中央渓谷のヤグールとミトラの先史時代の洞窟群 オアハカの中央渓谷のヤグールとミトラの先史時代の洞窟群は、メキシコの南部、オ アハカの中央部のトラコルラ渓谷の北斜面、オアハカ州のヤグールとミトラある。ヤ グールとミトラの先史時代の洞窟群は、ギラ・ナキツ洞窟、シルビア洞窟、ホワイト 洞窟、マルチネス洞窟などからなる。紀元前8000年の先史時代から、少数の遊牧民の 狩猟採集民族によって使用された洞窟群と岩窟であり、彼らは、植物、種、木の実、 鹿、ウサギ、鳩、亀を食料にしていた。
オアハカの歴史地区とモンテ・アルバンの考古学遺跡 オアハカは、メキシコ南部、メキシコシティの南東550kmの高原にある歴史都市で、正 式名は、オアハカデファレスという。1486年に建設され、1521年にスペインに征服さ れた。オアハカには、スペイン統治期の16〜18世紀の美しい町並み、ソカロ広場やフ ァレス広場、アラメダ公園、コロニア風の建物−黄金に輝くサント・ドミンゴ教会、 大聖堂、修道院などが残る。モンテ・アルバンは、オアハカの南西10kmの丘陵にあり 、紀元前より栄えたサポテカ民族の宗教都市であった。
オオカバマダラ蝶の生物圏保護区 オオカバマダラ蝶の生物圏保護区は、メキシコ中央部、メキシコ・シティの北西約 100kmの山岳高山地帯の森林保護区の一帯の56259haが生物圏保護区である。毎年秋に は、北アメリカの各方面から何百万、多分、何億の美しいオオカバマダラ蝶が戻り、 森林保護区のごく限られた地域に群生する。その為、オヤメルと呼ばれるメキシコ特 有のモミの木々がオレンジ色に変わって美しい自然景観を呈し、群集する重さで枝が 曲がる程である。春には、オオカバマダラ蝶は、米国の東部やカナダの南部方面へ8か 月もの間、移動する。
カサス・グランデスのパキメの考古学地域 カサス・グランデスは、カサス・グランデス川が流れるチワワ州北西部、州都チワワ の北西約270kmにある。カサス・グランデスとは、スペイン語の「大きな家」を意味し 、その名の通り、ピラミッドなどの大型建造物ではなく、インディオのスマ族の住居 、祭儀センターなどが残る集落遺跡。住居は、泥を濾過した粘土で出来ており、小さ なT字型の入口があることが特徴である。
カミノ・レアル・デ・ティエラ・アデントロ カミノ・レアル・デ・ティエラ・アデントロは、メキシコの中央部、メキシコ市とメ ヒコ州、イダルゴ州、ケレタロ州、グアナファト州、ハリスコ州、アグアスカリエン テス州、サカテカス州、サン・ルイス・ポトシ州、ドウランゴ州、チワワ州の10州に またがるアデントロ街道である。カミノ・レアルとは、スペイン語では、王道、英語 では、国道、ティエラ・アデントロとは、内陸を意味する内陸への王道、アデントロ 街道のことである。カミノ・レアル・デ・ティエラ・アデントロは、銀の道、或は、 サンタフェへの道としても知られている。
カリフォルニア湾の諸島と保護地域 カリフォルニア湾の諸島と保護地域は、メキシコ北部、カリフォルニア半島とメキシ コ本土に囲まれた半閉鎖性海域のカリフォルニア湾の240以上の島々と9箇所の保護地 域からなる。コロラド川河口からトレス・マリアス諸島に至るこの地域は、多様な海 洋生物が豊富に生息し、また、独特の地形と美しい自然景観を誇る。また、カリフォ ルニア湾内の島々は、オグロカモメ、アメリカオオアジサシなどの海鳥の重要な繁殖 場として機能しているほか、カリフォルニア・アシカ、クジラ、イルカ、シャチ、ゾ ウアザラシなど海棲哺乳類の回遊の場になっている
カンペチェ州、カラクムルの古代マヤ都市 カンペチェ州、カラクムルの古代マヤ都市は、カンペチェ州のカラクムル市にある都 市遺跡。カラクムルは、メキシコ南部のユカタン半島の熱帯雨林の中にある重要な古 代マヤ文明の遺跡で、1931年に発見された。ティカルと並ぶほどの規模の都市であっ た。カラクムルは、1200年以上の間、この地域の都市・建築、芸術などの発展に主要 な役割を果たした。カラクムルにある多くのモニュメントは、都市の政治的、精神的 な発展に光明を与えたマヤ芸術の顕著な事例。
カンペチェの歴史的要塞都市 カンペチェの歴史的要塞都市は、ユカタン半島のメキシコ湾に面したカンペチェ州の 州都にある。カンペチェの歴史的要塞都市は、16世紀のスペイン植民地時代に交易で 繁栄した貿易港を中心に町並みが展開している。有名なカリブの海賊から港町を守る ために建設された城壁で囲まれたソレダー要塞、サンカルロス要塞、サンフランシス コ要塞、サンファン要塞、遠方まで展望できる見張り台、そして、威嚇的な砲台が当 時のままで残されている。
グアダラハラのオスピシオ・カバニャス
グアダラハラは、メキシコ中央高原西部にあるメキシコ第2の都市でハリスコ州の州都 。オスピシオ・カバニャスは、1801年に、孤児、身よりのない老人、身体障害者、慢 性疾患者などの施設として建てられた。オスピシオ・カバニャスは、施設内の生活者 の暮らしを配慮した設備を整え、礼拝堂も豪華な絵画で装飾された。20世紀初頭には 、メキシコの偉大な壁画家ホセ・クレメンテ・オロスコ(1883〜1949年)の手によっ て最高傑作「炎の人」(Man of Fire)などの壁画で装飾された。
ケレタロ州シエラ・ゴルダにあるフランシスコ会伝道施設 ケレタロ州シエラ・ゴルダのフランシスコ会伝道施設は、ケレタロ州東部の険しい山 間のヴェルダント渓谷にある。ケレタロ州シエラ・ゴルダのフランシスコ会伝道施設 は、1750年代に、ジュニペロ・シェラ神父とフランシスコ会によって、メキシコ国内 でのキリスト教の布教活動の布石としてつくられた。数年内には、フランシスコ会と 地元のインディオによって、荘厳な色彩と彫刻が施されたサンティアゴ・ジャルパン 、ランダ、ティラーコ、タンコヨル、それに、サン・ミゲル・コンカの5つの教会が建 てられた。
ケレタロの歴史的建造物地域 ケレタロは、メキシコシティの北西309km、ケレタロ川流域にある州都。オトミ族が建 設した町で、スペイン植民地時代にはサカテカス銀山への補給基地であった。ケレタ ロ歴史地区には、顕著な普遍的価値を持つ多民族地域を象徴する優れたサン・アグス ティン教会、サン・フランシスコ教会、カサ・デ・ラ・コレヒドーラ、サンタ・クル ス修道院などの建造物群、スペイン植民地時代の幾何学的に整備された町並み、古く からの狭い曲がりくねった道などが共存している。
古都グアナファトと近隣の鉱山群 古都グアナファトは、メキシコ中央部、標高2000mの谷間にあるグアナファト州の州都 。地名のグアナファトは、先住民族タラスカ族のタラスカ語の「カエルがいる場所」 が語源である。グアナファトは、1554年に、スペイン植民都市として建設され、1558 年に発見されたバレンシア銀山の開発とともに発展し、最盛期には人口10万人を記録 した。
サカテカスの歴史地区 サカテカスの歴史地区は、メキシコ中部、メキシコシティの北西約530kmのブファの丘 の麓にある。スペイン統治時代の1546年に銀鉱脈が発見されたことからシルバー・ラ ッシュで賑わい繁栄した。サカテカス、グアナファト、メキシコシティとを結ぶ道路 は、「銀の道」とよばれ、この道を通って大量の銀が運ばれた。エデン鉱山はその遺 構のひとつで、現在は、観光客にも公開されている産業遺産。
サン・フランシスコ山地の岩絵 サン・フランシスコ山地の岩絵は、バハ・カリフォルニア・スール州北部、カリフォ ルニア湾と太平洋にはさまれたバハ・カリフォルニア半島の砂漠地帯にある。乾燥し た気候と人里離れた場所が壁画の保存状態に幸いして、現在までに約400の地点で洞窟 壁画が発見されている。壁画が描かれたのは、紀元前100年から紀元後1300年の間で、 洞窟そのものは住居としてではなく祭祀の場あるいは狩猟のための罠として造られた のではないかと考えられている。
サン・ミゲルの保護都市とアトトニルコのナザレのイエス聖域 サン・ミゲルの保護都市とアトトニルコのナザレのイエス聖域は、サン・ミゲルがグ アナファト州のサン・ミゲール・デ・アジェンテ、ナザレのイエス聖域は、同州のア トトニルコにある。サン・ミゲルの保護都市とアトトニルコのナザレのイエス聖域の 世界遺産の登録範囲は、核心地域が46.95ha、緩衝地域が47.03haである。サン・ミゲ ルの保護都市は、国王が通行する道を守る為に16世紀に創建された要塞都市で、18世 紀には、メキシコ・バロック様式で、民間ビルが数多くが建てられ最高潮に達した。
シアン・カアン シアン・カアンは、ユカタン半島東部沿岸のキンタナ・ロー州に広がる自然保護区。 総面積は約5300平方kmで、カリブ海大環礁の支脈でもある珊瑚礁、岸辺の広大なラグ ーン(潟)、背後の熱帯雨林からなる。シアン・カアンは、マヤ語で「天空の根源」 を意味する。かつてはこの地域にマヤの集落が存在したが、今は、一部でマヤ系先住 民が暮らすだけで、生態的にはほとんど手つかずの自然が残っている。
ソチカルコの考古学遺跡ゾーン
ソチカルコは、モレーロス州のクエルナバカ近郊の丘陵にある城塞都市遺跡。ソチカ ルコは、テオティワンカンが滅亡し都市間の抗争で動乱した紀元後650〜900年頃に、 テオティワカン、モンテ・アルバン、パレンケ、そして、ティカルなど偉大なメソ・ アメリカ(現在のメキシコ北部からホンジュラスやエルサルバドル辺りまでの地域) の都市が衰退した後に新興勢力として台頭し、マヤ文明とも深い交流があり、その後 のアステカ文明にも大きな影響を与えたトルテカ文明の政治、宗教、そして、商業の 中心地として栄えた。
チチェン・イッツァ古代都市 チチェン・イッツァは、ユカタン半島の先端部に近い広漠たるサバンナの中にある古 代マヤ文明のトルテカ期(948〜1204年)最大の都市遺跡。チチェンは「井戸のほとり 」、イッツァは「水の魔術師」を意味するマヤ語。その名が示すように、聖なる泉の 井戸「セノーテ」を中心にこの町の歴史は展開した。羽毛ある蛇の神ククルカンのピ ラミッド型神殿、戦士の神殿、球戯場、生贄の心臓を載せたチャックモール像などト ルテカ・マヤ様式の建造物が生み出された。
テオティワカン古代都市 テオティワカンは、メキシコシティの北部50kmにあるメキシコ最初の文明の発祥地。 紀元前500年頃から紀元後700年頃までメキシコ高原地帯で栄えた。その影響は、南北 アメリカ大陸の他の文明都市や後のマヤ、アステカといった中央アメリカを代表する 古代文明にまで及んだ。テオティワカンは「神々の集まる場所−神々の座−」の意
テキーラ(地方)のリュウゼツランの景観と古代産業設備 テキーラのリュウゼツランの景観と古代産業設備は、メキシコの中部、テキーラ火山 の山麓とリオ・グランデ川の間にある。登録遺産は、16世紀以降は、テキーラ蒸留酒 の生産、少なくとも2000年以上は発酵飲料や布を作るのに使用された植物文化によっ て形成された青リュウゼツランの広大な景観と、19世紀と20世紀に国際的なテキーラ の消費の成長を反映する蒸留酒製造場からなる。今日、リュウゼツランの文化は、メ キシコの国のアイデンティティの一部になっている。
トラコタルパンの歴史的建造物地域 トラコタルパンは、ベラクルスの南約100km、パパロアパン川の川沿いにある町。トラ コタルパンは、16世紀の半ばに、スペインが植民地化を進めるなかで、メキシコ湾岸 の河川港という位置づけで建設された。トラコタルパンは、スペインとカリブの建築 様式が見事に融合したネオ・クラシック様式の独創的な美しい町並みを誇る。
パレンケ古代都市と国立公園 パレンケ古代都市と国立公園は、メキシコ東部チアパス州チアパス山脈の中腹、ユカ タン半島の付け根部分にある古代マヤ文明の後期の遺跡と国立公園。18世紀中頃メキ シコの考古学者A.ルスらが4年がかりで発掘した。1952年の調査で「碑銘の神殿」の地 下王墓から出たヒスイの仮面や装身具によって、マヤ文明はその水準の高さを認知さ れた。神殿地下にはパカル王(603〜683年)の墓があり、600以上の碑文字が刻みこま れている。その他宮殿や太陽の神殿、十字架の神殿などが残る。7世紀に頂点を極め、 9世紀に放棄された。
プエブラの歴史地区 プエブラは、メキシコシティから133km、メキシコ中央部のマリンチェ火山の南西麓に あり、古くから首都のメキシコシティと海岸のベラクルスとを結ぶ交通の要衝として 繁栄した。1532年にキリスト教のフランシスコ会の宣教団によって建設され、スペイ ン風の町となった。ソカロ(中央広場)にある縞瑪瑙(メノウ)、大理石、金などで 内部を飾った大聖堂、サント・ドミンゴ教会に付属する黄金の内部装飾で知られるロ ザリオ礼拝堂、赤、青、黄、白などのタイルで覆われたバロック風のカサ・デル・ア ルフエニケ(「砂糖菓子の家」という意味)など中世の豪華な建物が残されている。 1973年8月の地震により大きな被害を受けた
ポポカテペトル山腹の16世紀初頭の修道院群 ポポカテペトル山腹の16世紀初頭の修道院群は、メキシコ・シティの南東約70km、標 高5452mのポポカテペトル山(火山 ポポカテペトルは、アステカ族の言語のナワトル 語で、「煙を吐く山」の意)の1800m付近の山腹のウェホツィンゴ、トラヤカルパン、 アメカメカなどの町に点在する。スペインからのドミニコ修道会をはじめ、フランシ スコ修道会、アウグスティヌス修道会の各会派が16世紀初頭に中央アメリカでのキリ スト教の布教活動の為に建てた300以上の修道院のうち14の修道院が現在も残っている 。修道院の内部には、宗教画やフレスコ画の数々が残っているほか、野外礼拝堂、食 堂、宿房、中庭、回廊、砦、貯水池など先住民と宣教師が共同生活を営んだ施設が今 も昔の名残をとどめている。
メキシコ国立自治大学(UNAM)の中央大学都市キャンパス メキシコ国立自治大学(UNAM)の中央大学都市キャンパスは、メキシコの首都メキシ コ・シティの南部にある。25万人の学生数を抱えるラテン・アメリカ最大の総合大学 で、キャンパスは、一つの都市を形成するほどの大きな規模を誇っている。メキシコ 国立自治大学(UNAM)の中央大学都市キャンパスは、建物、スポーツ施設、オープン ・スペースなどからなり、60名以上の建築家、技師、それに芸術家によって1949〜 1952年に建設された20世紀の建築物である。なかでも外壁にアステカ文明の雨の神ト ラロックや農耕のケツァルコアトルなどのモザイク壁画が描かれた中央図書館が印象 的である。
メキシコシティーの歴史地区とソチミルコ
メキシコシティーは、アステカ帝国がスペインの征服者コルテスに敗れた1521年以降 に建設が始まった。大聖堂、コルテスの宮殿、アラメダ公園などの遺産がソカロ=憲 法広場に残る。ソチミルコは、メキシコシティーの南12kmにある14〜16世紀にアステ カの貴族が住んだ運河の町。テスココ湖畔に浮島(チナンパ耕作)が造られていたこ とで知られる。ソチミルコは「花畑」の意。運河から運河へと行き交う小舟で、花や 食物、土産物が売られ、観光客も独特の遊覧船で水上庭園を楽しんでいる。
モレリアの歴史地区 モレリアは、メキシコの南西部、ミチョアカン州の州都で、1541年にスペイン人の初 代副王、ヴィセロイ・アントニオ・デ・メンドーサが建設したコロニア風の美しい都 市。モレリアには、溶岩で出来たピンク色の石で造られた歴史的建造物が多数残って いる。石畳の道、17〜18世紀のプラテレスコ様式の大聖堂、アメリカ大陸で2番目に古 いコレヒオ・サン・ニコラス神学校(現サン・ニコラス・イダルゴ大学)、253の橋脚 をもつ石造の水道橋、旧総督邸などが、スペイン統治時代の象徴である。モレリアの 地名は、モレリア出身の独立の英雄、 ホセ・マリア・モレーロスの名前に因んでいる 。
ルイス・バラガン邸と仕事場 ルイス・バラガン邸と仕事場は、メキシコの首都メキシコシティ郊外のタクバヤにあ る。この建物は、1948年に建造され、20世紀のメキシコのモダニズムを代表する建築 家ルイス・バラガン(1902〜1988年)の第二次大戦後の独創的な作品として代表的な ものである。ルイス・バラガンの作品は、現代建築と伝統建築、さらにメキシコの時 流などを独自のスタイルで新たにまとめ上げたもので、特に、現代の庭園、広場、景 観のデザインに大きな影響を与えた。1980年に、建築のノーベル賞といわれるブリッ カー賞を受賞し、一躍世界の脚光を浴びた。