Patrimoine de l'humanite
イグアス国立公園 イグアス国立公園は、南米のアルゼンチンとブラジル2国にまたがる総面積492000平方kmの広大な森林保護地で、金色の魚ドラド、豹、鹿、小鳥、昆虫や蘭、草花など多様な動植物が生息している。なかでも、国立公園内にある総滝幅4km、最大落差約85mの世界最大級のスケールと美しさを誇るイグアスの滝は世界的にも有名。イグアスとは、「偉大な水」の意味で、滝の数は大小合わせて300以上、大瀑布が大音響と共に繰り広げる豪壮な水煙のパノラマは圧巻で、しばしば、空には美しい虹がかかる。
イスチグアラスト・タランパヤ自然公園 イスチグアラスト・タランパヤ自然公園は、アルゼンチンの中央、シエラパンペアナス山脈の西側の砂漠地帯のサンホァン州リオッハにある。イスチグアラスト州立公園とタランパヤ国立公園は、隣接する自然公園で、面積は27万5300haを超えて広がる。地質学史の三畳紀(2億4500万〜2億800万年前)から現代に遺された大陸化石の記録が、最も完璧な形で発見されている。これらの自然公園で見られる6段階の地質形成から現代生物の祖先にあたる種の化石が広範にわたって発見され、脊椎動物の進化と三畳紀という古代環境での自然が明らかにされた
ウマワカの渓谷 ウマワカの渓谷は、アルゼンチンの北部、アンデス山脈系の標高約3000mのフフイ州にあり、大地と岩の大自然の景観から南米のグランド・キャニオンと言われる。ウマワカの渓谷は、岩肌の様々な鉱物の色彩が赤、青、緑へと不思議なグラデーションの色調を織りなすことから七色の谷とも呼ばれ、また、巨大なサボテンの木々の光景が印象的である。ウマワカの渓谷は、過去10000年以上にもわたって、アンデス高地との間で人々が行き交った主要な交易路であった旧街道がある。
グアラニー人のイエズス会伝道所:サン・イグナシオ・ミニ、ノエストラ・セニョーラ・デ・ロレト、サンタ・マリア・マジョール(アルゼンチン)、サン・ミゲル・ミソオエス遺跡(ブラジル) グアラニー人のイエズス会伝道所は、イエズス会宣教師が17世紀から18世紀にかけて、先住民グアラニー族ヘの布教のために、ブラジル・アルゼンチン国境に築いた教化集落遺跡。1983年にブラジルのサン・ミゲル・ダス・ミソンイスが登録され、1984年にアルゼンチンのサンタ・マリア・ラ・マヨール、サン・イグナシオ・ミニ、ノエストラ・セニョーラ・デ・サンタ・アナ、ノエストラ・セニョーラ・デ・ロレトが追加登録され、併せてひとつの物件となった。
コルドバのイエズス会街区と領地 コルドバのイエズス会地区と住居は、アルゼンチン北部の高原にあるコルドバ州の州都で、この国第2の都市である古都コルドバにある。コルドバの都市づくりは、1573年から1767年までのイエズス会の活動期に形成され、その後、学問、文化の中心地として発展した。コルドバの街の中心地には、この地方の歴史を見守るかのように、イグレシア・コンパーニャ・デ・イエズス教会などイエズス会の教会建築群がモニュメンタルに聳える。
ピントゥーラス川のラス・マーノス洞窟 ピントゥラス川のラス・マーノス洞窟は、アルゼンチン南部のサンタクルス州のパタゴニア地方にある。クエバ・デ・ラス・マノスという名は、「手の洞窟」という意味で、洞窟内に残るいくつもの手の輪郭をした壁画に由来している。この洞窟には、10000〜1000年前の先史時代に描かれた非常に珍しい壁画が数多く見られ、野生のラマのグアナコなどの動物の絵も多数描かれている。これらの壁画を描いたのは、17世紀までパタゴニア地方に住んでいた狩猟採集民であったといわれている
ロス・グラシアレス国立公園 ロス・グラシアレス国立公園は、パタゴニア地方の南部、コロラド川を境にして南緯40度以南からチリ国境アルヘンティーノ湖までの約4500平方kmの自然保護区で、国立公園に指定されている。グラシアレスとは、スペイン語で「氷河」という意味。広大なナンキョク・ブナの森や平原からなり、南極大陸、グリーンランドに次ぐ世界で3番目の面積をもつ氷河地帯である。国立公園の北側には、標高3375mのフィッツ・ロイ山がそびえるが、大半は1000m以下の台地が広がる。
ヴァルデス半島 ヴァルデス半島は、チュブト州東部にあるサン・ホセ湾とヌエボ湾に囲まれた面積39万haの半島。ヴァルデス半島は、パタゴニアの海洋哺乳動物の保護にあたって世界的に大変重要な地域。絶滅の危機にさらされているセミクジラ、ゾウアザラシ、マゼランペンギン、固有種のパタゴニア・アシカ、海鳥なども生息している。また、ヴァルデス半島周辺のシャチは、ユニークな方法で獲物を捕ることでも知られている。観光化が危機因子にもなっている。
コロニア・デル・サクラメントの歴史地区 コロニア・デル・サクラメントは、ウルグアイの南西、ラプラタ川の河口に面する国内最古の港湾都市で、現在のコロニア(県都)。1680年にポルトガル人がノーボ・コロニア・ド・サクラメントの名で建設して以来、スペインとポルトガルとの激しい争奪戦に翻弄されてきた。現在、保存されている歴史地区の街並み景観は、17世紀後半のポルトガル、18世紀半ばのスペインの植民地時代、
ホヤ・デ・セレンの考古学遺跡 ホヤ・デ・セレンは、首都サン・サルバドルの北西40kmにあるカルデラ火山の大噴火によって埋没した古代マヤ文明時代の村。マヤ南部に属するこの地域は、翡翠やカカオの大産地であり、肥沃な「蜜滴る地」であった。6世紀末の火山の爆発によって埋没し、1976年に人類学者のペイソン・シーツによって発見されるまで、1400年もの間、火山灰の下に眠り続けていた。
アンティグア・グアテマラ アンティグア・グアテマラは、首都グアテマラ・シティの西40kmにある富士山のような形をしたアグア火山など3つの山に囲まれた標高1520mの古都。古都アンティグア・グアテマラは、16世紀初期に創建され、1773年の大地震による崩壊で、首都がグアテマラ・シティに移されるまで、中米では最も華やかな都市として栄えた。街は度重なる大地震で被害を被ったが、修復や再建によって甦っている
キリグア遺跡公園と遺跡 キリグア遺跡公園は、グアテマラの東、ホンジュラスのコパンの北50km、モタグア川の河畔の密林地帯にある古代マヤ文明の遺跡。キリグアの都市の形成は3世紀頃とされ、コパンの都市文明の影響を受け発展した。キリグア遺跡の特徴は、5世紀後半から建てられた十数個の砂岩の石碑(ステラ)と寺院(廃墟)。碑文によると、737年にキリグアの統治者カウアク・スカイ(Cauac Sky 723〜784年)が、それまで支配されてきたマヤの都市国家コパンに勝利し独自の文明を形成した模様。
ティカル国立公園 ティカル国立公園は、グアテマラ北東部のペテン州の熱帯林にある高度な石造技術を誇るマヤ文明の最大最古の都市遺跡で、1955年に国立公園に指定された。ティカルには、紀元前から人が住み、3〜8世紀には周辺を従え、マヤ文明の中心になったと考えられている。
カルタヘナの港、要塞、建造物群 カルタへナは、コロンビアの首都ボゴタの北西650kmにあるカリブ海に面した港町。スペインの新大陸での植民化の最大拠点かつ南米各地から集められた金、銀、エメラルド、カカオ、タバコ、香辛料などの本国への積み出し港として繁栄した。16世紀後半から18世紀半ばにかけて、たびたび英仏や海賊の攻撃を受け、これを避ける為の城壁(高さ12m、厚さ17m)やサン・フェリベ要塞、サン・フェルナンド要塞など数多くの要塞を築いた。
コロンビアのコーヒーの文化的景観 コロンビアのコーヒーの文化的景観は、コロンビアの西部、カルダス県、リサラルダ県、バジェ・デル・カウカ県の47の自治体に展開する。世界遺産の構成資産は、アンデス山脈の山麓の18の中心市街地を含む6つのコーヒー農園の景観群からなる。コロンビアのコーヒーは、アラビカ種で、18世紀に栽培が始まり、コーヒー農園は、19世紀に発展拡大し、コロンビアの主要産業に成長した。
サン・アグスティン遺跡公園 サン・アグスティン遺跡公園は、ウィラ県の南部のジャングル、マグダレナ川源流部のアンデス山脈の山中にあり、南米では最大規模の宗教遺跡を有する。18世紀半ばにスペイン宣教団によって発見された。丘陵や深い谷をもつ海抜1730mの山岳地帯には、紀元前5世紀頃から竪穴墓を特徴とする文化が始まり、紀元後5世紀頃からは石室、石棺と墳丘をもつ墳墓、人物、ヘビ、トカゲ、カエルなどの動物、空想上の生物、神像を表現した特異な巨石彫刻が出現。祭祀センターであったとされているが、全容はいまだに謎に包まれている。
サンタ・クルーズ・デ・モンポスの歴史地区 サンタ・クルーズ・デ・モンポスは、カルタヘナから南へ248km、マグダレナ川の畔に1540年に建設された港町。サンタ・クルーズ・デ・モンポスは、スペイン人による南アメリカ北部の植民地支配の礎となり重要な役割を果たした。サンタ・クルーズ・デ・モンポスは、6〜19世紀にかけて、カリブ海に注ぐマグダレナ川の開発と共に発展、メインストリートは堤防の役割も果たしていた。マグダレナ川は、18世紀に川の流筋が変わった為、モンポスは孤立して河川港としての水運、交易の機能を失った。
ティエラデントロ国立遺跡公園 ティエラデントロ国立歴史公園は、南部カウカ県の標高1754mにある考古学地域。起伏の激しい広大な地域で、現在はパエス先住民が居住する。公園内は5つのエリアに分かれており、地下埋葬室があるのは、4つのエリア。山の頂上や中腹の眺めの素晴らしい所に6〜10世紀プレ・イスパニック時代に作られた巨大な人物像と地下埋葬室がある。墓場は、あまり深くないものから、地下7mもある深くて広いものまで変化に富み、地下埋葬室には12mの棺もあり、当時の室内装飾を再現した装飾が施されている。
マルペロ動植物保護区 マルペロ動植物保護区は、バジェデルカウカ地方、コロンビアの海岸の沖合い506kmにある面積350haのマルペロ島と周辺の海域857150haからなる。この広大な海洋公園は、東太平洋の熱帯地域最大の禁猟区であり、国際的な海洋絶滅危惧種にとって重大な生息地であり、主要な栄養源は、海洋の生物多様性の大きな集合体をもたらしている。特に、サメ、巨大なハタ類にとっては、自然の“貯水槽”であり、ノコギリザメ、深海サメが生息する世界でも数少ない場所の一つである。
ロス・カティオス国立公園 ロス・カティオス国立公園は、コロンビア北西部チョコ県、パナマと国境を接する丘陵地、草原、森林を含む面積720平方kmの国立公園。1974年に国立公園となり、1980年にはより広い地域を保護区とした。パナマのダリエン国立公園と続いており、広大な保護区域となっている。アトラト川とその支流流域に、熱帯雨林のジャングルが広がる。
ブリムストンヒル要塞国立公園 ブリムストンヒル要塞国立公園は、セントキッツ島南東部のブリムストン丘陵(標高267m)の頂上部にある。ブリムストンヒル要塞は、17〜18世紀のヨーロッパのカリブ海地域での植民地化の最盛期に、奴隷による労働によって建てられた英国式の要塞。ブリムストンヒル要塞は、カリブ海にあった要塞の中では最大級で、「カリブ海のジブラルタル」とも呼ばれていた。ブリムストンヒル要塞は、1850年代に放棄され廃虚となったが、その後修復され、現在は、博物館やビジター・センターも設置され活用されている。
ラパ・ヌイ国立公園 ラパ・ヌイ国立公園は、チリの首都サンチアゴから西へ3760km、タヒチから東へ4050kmの南太平洋上の火山島のイースター島(公式名:バスクア島)にあり、1935年に国立公園に指定された。ラパ・ヌイとは、現地語で「大きな島」という意味。入植は、4世紀頃と推定され、原住民はポリネシアのマルケサス島から移住したといわれている。その後、オランダ人の探検家によってこの島が発見されるまでの1300年間、この島は殆ど孤立状態にありながら、驚くべき複雑な文化を発展させた。
海港都市バルパライソの歴史地区 海港都市バルパライソの歴史地区は、チリ中部、チリ第5州バルパライソ州の州都であるチリ第2の都市バルパライソにある。バルパライソは、チリの玄関港である港湾都市で、ラテン・アメリカで19世紀後半に発展した都市・建築の事例の一つであり、教会や住居などの建築物が16世紀前半にスペインの植民都市になってからの面影をノスタルジックに今もとどめている。
セウェルの鉱山都市 セウェルの鉱山都市は、チリの首都サンチアゴの南85km、チリ第6州のベルナルド・オヒギンス州、カチャポアル県マチャリ市にある。セウェルの鉱山都市は、アンデス山脈の2000m以上の極限の気候と自然環境下にある。セウェルの鉱山都市は、20世紀初期に、世界最大の銅産出国のチリ、その銅の世界最大の生産メーカーである国営銅会社のコデルコ社所有で、チリの銅山の中で第3位の生産量を誇り世界最長の坑道をもつエル・テニエンテ鉱山によって建設された。
チロエ島の教会群 チロエ島の教会群は、チリ領パタゴニアに属する緑豊かなチロエ島にある。カストロ教会、チェリン教会、アチャオ教会、コロ教会、サンファン教会、イチュアク教会などのチロエ島の教会群は、木造教会建築として類い稀な形態を見せており、ラテンアメリカにおいては唯一の事例である。これらの教会は、17〜18世紀にイエズス会の修道士達による巡回伝道組織の主導で建設され、チリとヨーロッパの文化、宗教、伝統が見事に融合している。
ハンバーストーンとサンタ・ラウラの硝石工場 ハンバーストーンとサンタ・ラウラの硝石工場群は、チリ北部のアタカマ砂漠の海岸沿いの町、タラパカ州のイキケ(州都)の東約45kmの所にある硝酸塩(チリ硝石として有名)の産出地の硝石工場群である。世界遺産の登録面積は、コア・ゾーンが585ha、バッファー・ゾーンが12055haである。19世紀から20世紀半ばにかけて、ハンバーストーンとサンタ・ラウラなど約300のオフィシナと呼ばれた鉱山町があった。現在はすべてゴーストタウンとなっているが、ハンバーストーンは当時の面影をもっともよく伝えている。
トワ・ピトン山国立公園 トワ・ピトン山国立公園は、小アンティル諸島のウィンドワード諸島の北端にある中新世の時代の火山活動で出来た火山島であるドミニカの南央部、首都ロゾーから13kmの高原にある。3つの高峰を持つトワ・ピトン山(海抜1342m モゥーンは山の意)を中心に蒸気と硫黄ガスが造り出す不毛の自然景観と緑鮮やかな熱帯雨林が対照的に広がり、その面積は、68.7平方kmに及ぶ。なかでも、切り立った崖と深い渓谷の中に50余りの噴気孔、沸き立つ温泉や温泉湖、澄みきった湖、5つの火山、滝などが存在
シタデル、サン・スーシー、ラミエール国立歴史公園 シタデル、サン・スーシー、ラミエール国立歴史公園は、イスパニョーラ島ハイティ領土の北部、ハイティアン岬のカリブ海沿岸のカブハイシャンの南30kmにある。17世紀末にフランス系の入植者に対抗して黒人奴隷が蜂起しフランス軍を撃退、1794年に奴隷制廃止、1804年にハイチは、ラテンアメリカの中ではいち早く独立を宣言。シタデルは、標高970mのラ・フェリエール山頂にある高さが40mもある城で1805年から1820年にかけて建設された。
ブリッジタウンの歴史地区とその駐屯地 ブリッジタウンの歴史地区とその駐屯地は、西インド諸島の島国バルバドスの南西部、首都ブリッジタウンにある。ブリッジタウンとその駐屯地は、17世紀、18世紀、19世紀に、カリブ諸国および南米への商品や奴隷移送の中継基地となる港湾都市と、貿易センターとして建設された英国の植民地建築の顕著な事例である。構成資産は、数多くの歴史的な建造物群からなる軍事的な駐屯地も含んでおり、駐屯地は、1805年まで英国海軍の、1905年まで英国軍の東カリブ諸国の本部になった。
ラ・サンティシマ・トリニダード・デ・パラナとヘスス・デ・タバランゲのイエズス会伝道所 ラ・サンティシマ・トリニダード・デ・パラナとヘスス・デ・タバランゲのイエズス会伝道所は、パラグアイの首都アスンシオンの南東、エンカルナシオンの近くにある。イエズス会の宣教師が、17〜18世紀に、先住民のインディオ・グアラニー人に、キリスト教の布教を行う為の多くの伝道所を造った。ラ・サンティシマ・トリニダード・デ・パラナ(1706年)、それに、ヘスス・デ・タバランゲ(1685年)、サントス・コスメ・イ・ダミアン(1632年)などである。
カナイマ国立公園 カナイマ国立公園は、ヴェネズエラ南東部ギアナ高地の世界屈指の秘境で、1962年に国立公園に指定された。およそ20億年前に形成された地殻が隆起し、浸食によってテーブル状に硬い部分が残ったテーブル・マウンティンが100以上も存在する。むきだしの岩は、地球上で最も古い地層のひとつのロライマ層。カナイマ国立公園は、ギアナ高地の中心部を形成し、主要なテーブル・マウンティンも集中している。大きく蛇行するカラオ川の上流に、先住民が「悪魔の家」と恐れていたアウンヤンテプイと呼ばれるテーブル・マウンティンがある
カラカスの大学都市 カラカスの大学都市は、首都カラカス大都市圏のリベルタドール市にある学園都市。カラカスの大学都市は、1940〜1960年代にかけて建築家カルロス・ラウール・ヴィラヌェヴァ(1900〜1975年)と優秀な前衛芸術家達で創られたヴェネズエラの都市計画、建築、芸術を代表する作品。ヴェネズエラ中央大学(UCV)をはじめとするカラカスの大学都市のキャンパスは、数多くの建物や機能を統合している。
コロとその港 コロは、カラカスから西177kmの沿岸にあるファルコン州の州都。1499年にスペインが上陸、以降この国の植民地化が始まり、コロは、1527年にスペインの最初の植民都市の一つになった。16世紀になるとスペイン国王から開拓権を得たドイツのアウクスブルグの商家「ウィンザー家」がこの地を支配した。カリブ海の砂糖貿易の拠点として発展したが、他の南米諸都市が金鉱発見などで栄えていくにつれ衰退した。
アレキパ市の歴史地区 アレキパ市の歴史地区は、リマから1030km、標高2380mにあるペルー第2の都市で羊毛の集散地のアレキパにある。アレキパの名前は、この町を建設したインカ帝国の第4代皇帝のマイタ・カパックが言った、ここへ住みなさいという意味の「アリ・ケパイ」というケチュア語に由来する。アレキパの町の中心には、コロニアルなアーチに囲まれたアルマス広場があり、北側には、白くて巨大なカテドラルが清楚に立ちはだかる。
クスコ市街 クスコは、ペルーの南東部リマの南東約570km、標高3500mのアンデス山脈にある11〜12世紀頃に建設された歴史都市でクスコ県の県都である。クスコとはケチュア語で「へそ」の意。クスコは、太陽神を崇拝し、パチャクテクの指揮の下にアンデスに一大帝国を築いたインカ帝国(正式名称はタワンティン・スウユ)の首都で、「世界のへそ」として周辺にインカ王道を伸ばして地方との連絡を取り合っていた。クスコの繁栄は、15世紀半ばから後半にかけて頂点に達した。
スペ渓谷のカラルの聖都 スペ渓谷のカラルの聖都は、ペルーの中部、首都リマの北182kmの中央高原にあるアメリカ大陸における文明の誕生の地といわれる古代都市遺跡である。スペ渓谷のカラルの聖都の世界遺産の登録面積は、626.36haで、バッファー・ゾーンは、14620.31haである。スペ渓谷のカラルの聖都は、1905年に発見され、周辺の砂漠地帯に広がる都市遺跡からは、9つの巨大ピラミッド群が発見されている。このカラル遺跡では、魚介類、植物粉、綿繊維とワタの種が、次々と出土している。
チャビン(考古学遺跡) チャビン遺跡は、首都リマの北300km、標高3150mのアンデス山脈東斜面の小さな谷間にある。アンデス山脈を流れるモスナ川とワチェクサ川の合流点にあたり、紀元前16〜紀元前3世紀のアンデス文明(プレインカ)の最も代表的な遺跡。チャビンは、インカ帝国に敗れたチムー王国時代の首都があったところで、通称チャビン・デ・ワンタル(神殿名)と呼ばれる。
チャン・チャン遺跡地域 チャン・チャン遺跡地域は、首都リマの北570kmのトルヒーヨの西郊外にある20平方kmにおよぶ古代チムー王国の首都遺跡。チムーは、13〜15世紀半ばにわたって権勢を誇り、北はエクアドルの南西グアヤキルから、南はリマに至る約1000平方kmにもおよぶ王国を築きあげた。チャン・チャンは、古代アンデス最大の都市となったが、15世紀に入るとインカ帝国に滅ぼされ、後にスペインの支配下になると街の中心はトルヒーヨに移り、チャン・チャンは過去のものとなり独自の文化が残った。
ナスカおよびフマナ平原の地上絵 ナスカおよびフマナ平原の地上絵は、首都リマの南400km、太平洋岸から50kmの不毛の約450平方kmにわたる。紀元前500年から紀元後500年に描かれたとされるこれらの巨大線画は、連続性、数、性状、サイズの点からいっても、考古学的にも不可解な謎とされている。海抜500mの乾燥した大平原に栄えたインカ期のナスカの文明は、ハチドリ、コンドル、オウム、ペリカン、猿、犬、トカゲ、クモなどの生物、魚、花などの植物、或は、数kmの長さの幾何学様式の人物のみならず架空の人物の地上絵を描写している。
 マチュ・ピチュの歴史保護区  マチュ・ピチュは、インカ帝国の首都であったクスコの北約114km、アンデス中央部を流れるウルバンバ川上流の緑鮮やかな熱帯雨林に覆われた山岳地帯、標高2280mの四方を絶壁で隔てられた自然の要害の地にあるかつてのインカ帝国の要塞都市。空中からしかマチュ・ピチュ(老いた峰)とワイナ・ピチュ(若い峰)の稜線上に展開する神殿、宮殿、集落遺跡、段々畑などの全貌を確認出来ないため、「謎の空中都市」とも言われている。
   
 マヌー国立公園  マヌー国立公園は、アマゾン川支流のマヌー川の熱帯雨林、湿原地帯、低地、高原、3000m級の山岳地帯を含む、総面積が150万haに及ぶペルー最大の国立公園で、1975年に国立公園に指定された。 ベッカリー、オオアリクイ、オオアルマジロ、オセロット、アカシカ、カピバラ、バク、ウーリーモンキーなどの動物、絶滅の危機にあるジャガー、エンペラータマリン、そして、ベニコンゴウインコ、ハチドリなど850種の鳥類が生息する。また、アマゾンからアンデスにかけての標高の変化に伴い数多くの種類の動植物が見られる。
   
 リオ・アビセオ国立公園  リオ・アビセオ国立公園は、ペルー中西部のアンデス山脈やアマゾン川源流域のアビセオ川と熱帯雨林の深いジャングルに囲まれた自然公園とプレインカ時代の遺跡。リオ・アビセオ国立公園の原生林には、黄色尾サル、メガネ熊、ヤマバク、オオアルマジロ、ジャガ ーなどの固有種や絶滅危惧種などの貴重な動物、ハチドリ、コンゴウインコ、オニオオハシなどの鳥類、それに、各種の蘭をはじめ、パイナップル科、イネ科、バラ科、それに、シダ類など5000種以上の植物の宝庫となっている。
   
 リマの歴史地区  リマは、ペルーの中央部、太平洋に面したペルーの首都。1535年にインカ帝国の征服者でスペイン軍のペルー総督フランシスコ・ピサロが建設を指示し、首都となった。16〜19世紀にかけてのスペイン統治時代の歴史的建造物が、旧市街のアルマス広場、サン・マルティン広場を中心に多数残っている。
   
 ワスカラン国立公園  ワスカラン国立公園は、ペルーの中西部、アンカシュ県にあるコルディエラ・ブランカ山脈を中心とする国立公園で、世界遺産の登録面積は、340000haである。ブランカ山脈は、標高6768mの最高峰のワスカラン山を中心に、6000m級の高峰40近くを擁する全長200kmもの山群で、一帯には、氷河や多くの氷河湖をもつため「南米のスイス」と呼ばれ、その自然景観と地形・地質を誇る。
   
 スクレの歴史都市  スクレは、ポトシから165km、標高2790mにある歴史都市。ポトシで産出した銀を管理する為にスペインの統治者が1538年に造った町で、当時はラ・プラタと呼ばれた。1825年にスペインからの独立を宣言をしたのが、スクレの「自由の家」(Casa de la Libertad)で、独立宣言と共に南アメリカの独立運動家シモン・ボリバル(1783〜1830年)の名前に因んで、ボリヴィアという国名にし、ボリヴィア初代大統領アントニオ・ホセ・デ・スクレの名前に因んで、スクレという都市名に変更した。
   
 サマイパタの砦  サマイパタの砦は、ボリヴィア中央部のサンタクルスの南西120km、オリエンタル山脈の海抜2000mの所にある遺跡。サマイパタの要塞の遺跡(40ha)は、石英を含んだ赤い砂岩の岩塊で有名で、無数の人物、ピューマ、ヘビ、ジャガー、レアの動物、運河、階段、座席などが彫刻されているのが特徴。また、インカの祭祀儀式の中心地として繁栄していたことを物語るサマイパタの砦は、宗教や政治などが高度に発達した文化が、ボリヴィア・アンデスにあったことの証明でもあるが、いまだに大きな謎を残している。
   
 チキトスのイエズス会伝道施設  チキトスは、ボリヴィア東部のサンタ・クルス県にある亜熱帯性気候を特徴とする丘陵地帯。17〜18世紀に隣国から移住したイエズス会の宣教師が、サンフランシスコ・ハビエル、コンセプシオン、サンタアナ、サンミゲル、サンラファエル、サンホセ・デ・チキトスに、先住民のインディオの保護とキリスト教改宗を目的としたレドゥクシオン(教化集落)とイエズス会の伝道施設を開いた。
   
 ティアワナコ:ティアワナコ文化の政治・宗教の中心地  ティアワナコ:ティアワナコ文化の宗教的・政治的中心地は、首都ラパスの西およそ50km、チチカカ湖の南、インガヴィ州にある南米有数の古代都市遺跡。ティアワナコは、アンデス山脈南部から以南にわたっての広大な地域を支配し、500〜900年にかけて栄華を極めた、スペイン植民地化よりも以前に存在した強大な帝国の首都。
   
 ノエル・ケンプ・メルカード国立公園  ノエル・ケンプ・メルカード国立公園は、ボリヴィア北西部、アマゾン川流域最大級(152.3万ha)の自然が手つかずの状態で残っている国立公園。海抜200mから1000m近くまでという標高差のため、セラードのサバンナと森林地帯から高地アマゾンの常緑樹林帯まで、動植物の生息分布がモザイク状に豊富に見られる。この国立公園が誇るのは、ここに残された10億年以上前の先カンブリア期にまで遡る生物進化の歴史。ノエル・ケンプ・メルカード国立公園には、植物が4000種、鳥類が600種以上分布しているほか、世界的に絶滅の危機にさらされている
   
 ポトシ市街  ポトシ市街は、ボリヴィアの首都ラパスの南東約440km、世界最高地(4070m)にある。その歴史は、スペイン人が銀の大鉱脈のセロ・リコ(豊かなる丘)銀山を発見した1545年に始まる。ポトシの銀山は、スペイン統治下、メキシコのサカテカス、グアナファトと共に中南米の三大鉱山として知られた。銀山の採掘には、多くの奴隷労働者が強制的に集められ、約800万人もの人々が銀山の犠牲になったともいわれている。
   
 キュラソー島の港町ウィレムスタト市内の歴史地区  キュラソー島の港町ウィレムスタト市内の歴史地区は、カリブ海のオランダ領アンティル諸島の首都で、キュラソー島の南東部のウィレムスタト市にある。1499年にスペイン植民地になったが、1634年、オランダが西インド会社経営による石油の中継基地としてキュラソー島の自然の地形を利用した貿易港を建設した。ウィレムスタトの町は、その後、数世紀にわたって開発され(削除⇒たが)、17世紀のオランダ様式の切妻屋根の家々が連なるコロニアルな町並みが、この歴史地区を形成している。
   
 ガラパゴス諸島  ガラパゴス諸島は、エクアドルの西方960kmの太平洋上にある19の島からなる火山群島。ガラパゴスは、スペイン語の「ガラパゴ」(陸ガメの意)に由来している。諸島の成立は数百万年前。主島のイサベラ島、サンタ・クルス島をはじめとする島々は、現在も活発な火山活動を続けている。ガラパゴス諸島の誕生以来、どこの大陸とも隔絶された環境の中、ゾウガメ、リクイグアナ、ウミイグアナ、ウミトカゲ、グンカンドリ、ペンギン、ガラパゴスコバネウなど独自の進化を遂げた動植物が数多く生息する。
   
 キト市街  キトは、エクアドルの首都で、ピチンチャ山を中心とするアンデス山脈を背に南北17kmに延びる細長い都市。1487年にインカ帝国に統合された北の都は1533年に滅亡し、1534年にスペインの支配に屈し、その後、この地域の政治、経済、文化の中心地として発展した。
   
 サンガイ国立公園  サンガイ国立公園は、エクアドルの首都キトから約278kmのところにある中部アンデス高地からアマゾン源流域までの517765ha、標高800〜5000mの広大な国立公園。サンガイ国立公園には、サンガイ山(5230m)、アルター山(5139m)、ツングラグア山(5016m)の3つの活火山が活動している。サンガイ活火山の高山地帯から亜熱帯性雨林の密林地帯に及ぶ地域特性は、ハチドリ、イワドリなどの鳥類、サル、オオカワウソなどの動物、アルストロメリアなどの植物など豊かな生態系を育み、コンドル、ヤマバク、メガネグマなど絶滅が危惧されている
   
 サンタ・アナ・デ・ロス・リオス・クエンカの歴史地区  クエンカ市は、首都キトの南300km、アンデス山脈の谷間の標高約2600mの内陸高地にあるエクアドル第3の都市。クエンカは、1557年にヒル・ラミレス・ダヴァロスによって、スペインの植民都市として建設された。スペインのクエンカも1996年に文化遺産に登録されているが、エクアドルのクエンカの都市名もこれに由来する。町の中心にあるアブドン・カルデロン広場、日干し煉瓦を敷き詰めた碁盤目上の街路、カテドラルやサン・フランシスコ教会などの建築物がある計画的な美しい町並み景観は、スペインの植民地時代の面影を今も色濃く留めている
   
 アレハンドロ・デ・フンボルト国立公園  アレハンドロ・デ・フンボルト国立公園は、首都ハバナの東南東約780km、キューバ東部のバラコア山などカリブ海に面する山岳と森林の諸島にある。アレハンドロ・デ・フンボルト国立公園には、典型的な熱帯林が広がり、約100種の植物が見られる。ここには、12の固有種を含む64種の鳥類が見られ、また、キューバ・ソレノドンなど稀少生物の最後の聖域。ここで有名なのが固有種のカタツムリの一種である陸棲軟体生物ポリミタス(学名POLYMITAS PICTA)で、地球上で最も美しいカタツムリと言われている。
   
 オールド・ハバナと要塞  オールド・ハバナと要塞は、メキシコ湾にのぞむキューバ島の北西岸、キューバの首都ハバナにある。ハバナの歴史は、1519年にベラスケスが建設に着手した時に始まる。ハバナ湾のすぐ西にある旧市街のオールド・ハバナには、植民地時代の面影が残る古い歴史的遺産が集中しており、世界遺産の登録面積は、142.5haである。ハバナ湾の入り江には、海賊や諸外国など外部からの攻撃に備えて堅固な要塞が多く築かれ町全体が要塞化都市として機能した。
   
 カマグエイの歴史地区 カマグエイの歴史地区は、ハバナの南東約550km、キューバ中部のカマグエイ州の州都カマグエイにある。世界遺産の登録範囲は、核心地域の面積が54ha、緩衝地域が276haである。カマグエイは、1515年にスペイン人の征服者、ディエゴ・ベラスケスによって創建された最初の7つの村の一つで、旧称は、サンタ・マリア・デル・プエルト・プリンシペと言う。牛の牧畜とさとうきびの栽培、砂糖産業など内陸部での中心都市として重要な役割を果たした。
   
 キューバ南東部の最初のコーヒー農園の考古学的景観  キューバ南東部の最初のコーヒー農園の考古学的景観は、キューバの南東部のサンティアーゴ・グアンタナモ地方シエラ・マエストラ山麓の丘に見られる。このコーヒー農園は、19世紀から20世紀初めにかけての遺構で、険しい地形にある原生林をハイチからのフランス人入植者がコーヒー農園として農用地に転用したユニークなものであり、世界の他の場所では見られない。
   
 サンティアゴ・デ・クーバのサン・ペドロ・ロカ要塞  サンティアゴ・デ・クーバは、キューバ東部サンティアゴ湾に面した町で、1515年から1607年まで、キューバの最初の首都であった。サン・ペドロ・ロカ要塞は、カリブ海域の商業的、政治的な抗争が激化するなかで、戦略的に重要なサンティアゴ港を防衛する為、スペインの国王フィリップ2世の命によって、1590年に巨大な要塞が岬の上に建設された。
   
 シェンフェゴスの都市歴史地区  シェンフェゴスの都市の歴史地区は、キューバの南岸、ハバナの東250km、キューバで最も小さな州であるシェンフェゴス州の州都シェンフェゴスにある。植民都市のシェンフェゴスは、1819年にスペイン領内で発見されたが、主にフランス国籍の移住者が定住した。シェンフェゴスは、サトウキビ、タバコ、コーヒーの交易の場所になった。キューバのサトウキビ、マンゴ、タバコ、そして、コーヒーの生産の中心地である南部中央のカリブ海岸に位置しているので、シェンフェゴスは、最初は新古典主義の形態で発展した。
   
 デセンバルコ・デル・グランマ国立公園  デセンバルコ・デル・グランマ国立公園は、キューバ島の南西端のグランマ州にある。デセンバルコ・デル・グランマ国立公園は、地球上でも、地形の特徴、地質の進化の過程を知る上での重要な事例の一つであり、1986年に、国立公園に指定されている。キューバ南部の西端に突き出たクルス岬一帯の地形は、西大西洋と接する海岸線の断崖景観、それに海抜360mから180mまで延びる石灰岩の海岸段丘が特徴的である。デセンバルコ・デル・グランマ国立公園は、地質学的には、カリブ・プレートと北アメリカ・プレートの間にある活断層内にある。
   
 トリニダードとインヘニオス渓谷  トリニダードは、ハバナの南東280km、カリブ海に面し、スペイン人のディエゴ・ベラスケス(1460〜1532年)が1514年に建設した3番目の植民都市。18〜19世紀後半まで栄えたサトウキビからの砂糖生産が町に繁栄をもたらし、富の象徴ともいえるオルティス、マリブラーン、ブルネート、カンテロなどの農園主や経営者の屋敷、サンティシマ・トリニダード大聖堂、ラ・ポパ聖堂などの建造物と町並みを今に伝えている。
   
 ヴィニャーレス渓谷  ヴィニャーレス渓谷は、キューバの西部、ピナール・デル・リオ市の北方50km、グァニグァニコ山脈のモゴテスと呼ばれる奇妙な形の山で囲まれたカルスト地形とヤシの木が印象的な美しい田園景観を呈する。ヴィニャーレス渓谷は、土地も肥沃であり、世界的に有名なクオリティーの高いハバナ葉巻の原料になるタバコの葉、それにサトウキビ、トウモロコシ、バナナの栽培など伝統的な農耕法や工法が、今も変わることなく息づいている。
   
 グアナカステ保全地域  グアナカステ保全地域は、コスタリカの北西部、グアナカステ州とアラジュエラ州にまたがっている。グアナカステ保全地域は、火山地帯も含む陸域の104000ha、海域の43000haからなる。グアナカステ保全地域には、植物群落、絶滅寸前の種や珍種の宝庫。多様な生物相を保護するこの重要な原生地では、内陸性、海洋性の両方の自然環境での生態系の変化を見ることができる。その変化には、太平洋熱帯乾燥林の進化、推移などの過程や、また、ウミガメの産卵、サンゴの群落の移動などが見られる。
   
 ココ島国立公園  ココ島国立公園は、コスタリカの南西550kmに浮かぶ東部太平洋地域で唯一の熱帯雨林帯を持つ火山島で、太平洋最大の無人島でもあるココ島にある。ココ島は、北赤道海流の通過地点で周辺は海鳥が飛び交う豊かな漁場であり、また、動植物の固有種の宝庫でもあり生物学研究の理想的な環境。特に海中生物は豊富で、海中公園内では、シュモクザメ、マンタ、マグロ、イルカなどの回遊魚を見学でき、海洋生態の研究に適している。
   
 タラマンカ地方-ラ・アミスター保護区群/ラ・アミスター国立公園  タラマンカ地方-ラ・アミスター保護区群/ラ・アミスター国立公園は、コスタリカとパナマの国境をなすタラマンカ地方の自然保護区・国立公園。総面積5654平方km。中央アメリカ最大規模の熱帯雨林地帯、雲霧林、高原地帯、火山など変化に富んだ地形と気候をもつ国境地帯は、絶滅が懸念されるケツアルなどの鳥類や美しいモルフォ蝶など貴重な昆虫、動植物の宝庫で、世界でも有数の生態系を誇る。
   
 中央スリナム自然保護区  中央スリナム自然保護区は、国土の中央部の熱帯原生自然地域の160万haからなる南米で最も大きな自然保護区の一つである。中央スリナム自然保護区は、1998年に国連財団などの支援のもとに、スリナム政府によって、3つの保護地区を合併して創設された。中央スリナム自然保護区は、原始の手付かずの状態の為、コペンナーメ川の上流域を守り、原生状態を保ったギアナ・シールドの広い地形と保全価値の高い生態系を保っている。低山帯と低地の森林は、6000種にも及ぶ維管束植物の多様性を包含している。
   
 パラマリボ市街の歴史地区  パラマリボ市街の歴史地区は、スリナムの首都パラマリボの中央部のパラマリボ地区にある。パラマリボは、熱帯の南アメリカの海岸に、17〜18世紀に植民した昔のオランダの植民都市である。1613年に、2人のオランダ人が、先住民族の村パルミルボの近くに、小さな貿易会社を建てた。大西洋から23km離れたスリナム川の西の河岸に定住したことが現在のパラマリボのベースになった。パラマリボの歴史地区の独立広場には、現在は、大統領の宮殿になっている白い建物、それに、特徴がある計画街路が当時のままで残っている。
   
 ピトン管理地域  ピトン管理地域(PMA)は、セントルシアの南西地域のスフレノ町の近くにある。ピトン管理地域は、面積2909ha(陸域保護地域 467ha、陸域多目的地域 1567ha、海洋管理地域 875ha)の自然保護区で、海岸から700m以上の高さに聳える大ピトン火山(777m)と小ピトン火山(743m)が含まれる。ピトン管理地域は、硫黄の噴気孔や温泉のある地熱地帯で、海中にはサンゴ礁が展開し、168種の魚類をはじめ多くの海生生物が生息している。
   
 サント・ドミンゴの植民都市  サント・ドミンゴは、ドミニカ共和国の首都で、1496年にクリストファー・コロンブス(1451〜1506年)の兄弟バルトロメ・コロンブスによってオサマ川沿いに建設された米大陸最初の植民都市。スペインが中央アメリカや南アメリカの都市を植民地化する上での前線基地として繁栄した。1542年にローマ法王ポール3世によって新世界で初めて宣告されたサンタ・マリア・ラ・メノール大聖堂、米大陸最古のオサマ要塞、南北アメリカ最古のサント・ドミンゴ大学、ディエゴコロンの居城などスペイン時代の貴重な遺産が残る。
   
 レオン・ヴィエホの遺跡  レオン・ヴィエホの遺跡は、火山国ニカラグアの北西部、レオン市の南方30kmにある。レオン・ヴィエホ(旧レオン)は、アメリカ大陸で最も古いスペイン植民都市の一つで、1524年に、グラナダとほぼ同時に建設された。しかしながら、1605年にマナグア湖にのぞむモモトンボ火山の噴火と地震によって、レオン・ヴィエホの町は埋没した。2000年に、スペインの征服者で、レオン・ヴィエホの町をつくったフランシスコ・ヘルナンデス・デ・コルドバの遺骸がレオン・ヴィエホ教会があった祭壇で発見された。
   
 レオン大聖堂  レオン大聖堂は、ニカラグアの西部、レオン県の県都レオンにある中米で最も大きな聖堂建築の一つであり、グアテマラの建築家ディエゴ・ホセ・デ・ポレス・エスキベルの設計によって、1747年から1814年に建てられた。バロック様式と新古典主義様式のふたつの建築様式の推移が見てとれる形式は、両様式の折衷主義と考えられる。レオン大聖堂は、内部の装飾が厳粛で自然光を豊かに採り入れているのが特色であるが、聖堂のアーチ形の天井は、豊かな装飾が施されている。
   
 バミューダ諸島
バミューダの古都セント・ジョージと関連要塞群
 バミューダの古都セント・ジョージと関連要塞群は、ニューヨークの南東1080km、大西洋上の大小150の島々からなる英国領のバミューダ諸島にある。バミューダ島は、1503年、スペインのジョン・バミューダが発見し、彼の名前にちなんで命名された。バミューダの古都セント・ジョージと関連要塞群は、英国の最も初期の新世界での都市型居住地の例証として「顕著な普遍的価値」を有する史跡で、これらの史跡は、17世紀から20世紀にかけて、大砲の発達に伴って変容していった英国の軍事技術の発達が手に取るように分かる。
   
 コイバ国立公園とその海洋保護特別区域  コイバ国立公園は、パナマの南西海岸の沖合い、ベラグアス県の太平洋側にあるコイバ島と38の小島群それにチリキ県のチリキ湾内の周辺海域を保護する海洋公園。コイバ国立公園は、総面積が270125ha、陸域面積が53528ha、海域面積は216543haと世界最大級の海洋保護地域。コイバ国立公園の太平洋岸の熱帯湿潤林は、未だに独自の進化を遂げて新しい種が形成されており、哺乳類、鳥類、そして、植物の固有種の生態系を維持しており、カンムリワシの様な危機にさらされている動物にとっても最後の楽園でもある。
   
 地方-ラ・アミスター保護区群/ラ・アミスター国立公園  タラマンカ地方-ラ・アミスター保護区群/ラ・アミスター国立公園は、コスタリカとパナマの国境をなすタラマンカ地方の自然保護区・国立公園。総面積5654平方km。中央アメリカ最大規模の熱帯雨林地帯、雲霧林、高原地帯、火山など変化に富んだ地形と気候をもつ国境地帯は、絶滅が懸念されるケツアルなどの鳥類や美しいモルフォ蝶など貴重な昆虫、動植物の宝庫で、世界でも有数の生態系を誇る。
   
 ダリエン国立公園  ダリエン国立公園は、パナマ東部、コロンビア国境に接するダリエン地方にあるパナマ最大の自然公園。コロンビアのロス・カティオス国立公園(世界遺産登録済)に連なる密林地帯で、道路や鉄道さえ通っていない未開の地。そのため動植物などの生態系の研究は、全体を網羅するに至っていない。海岸地帯のマングローブ林、ヤシの林のある湿地、低地の熱帯雨林から山地の雲霧林まで変化に富んだ環境の中で、動植物の生態系は豊富。しかし、オウギワシ、カピバラ、アカクザル、パナマジャガーなど絶滅の危機に瀕した動植物も多い。
   
 パナマ・ヴィエホの考古学遺跡とパナマの歴史地区  パナマ・ヴィエホの考古学遺跡とパナマの歴史地区は、パナマの首都パナマ市の3つの街区、オールド・パナマ、コロニアル・パナマ(旧市街)、モダン・パナマ(新市街)のうちコロニアル・パナマ(旧市街)である。パナマは、アメリカ大陸の太平洋岸で最初のヨーロッパ人の入植地で、オールド・パナマは、1519年に、ペドラリアス・ダヴィラによって、最初に創られた。
   
 パナマのカリブ海沿岸のポルトベロ-サン・ロレンソの要塞群  パナマのカリブ海沿岸のポルトベロ-サン・ロレンソの要塞群は、パナマの中央部のカリブ海岸に17〜18世紀に建設されたパナマの軍事建築物である。ポルトベロ要塞は、首都パナマの北、カリブ海側にある港町ポルトベロにある。コロンブスが4回目の航海途中、1502年に寄港して命名した。ポルトベロとは「美しい港」の意である。ポルトベロの町が建設されたのは、その95年後であるが、ペルーなど南米各地からの金銀の集散地として、メキシコのベラクルス、コロンビアのカルタヘナと並んで、大西洋岸の交易の中心地として繁栄した。
   
 イグアス国立公園  イグアス国立公園は、南米のアルゼンチンとブラジル2国にまたがる総面積492000平方kmの広大な森林保護地で、金色の魚ドラド、豹、鹿、小鳥、昆虫や蘭、草花など多様な動植物が生息している。なかでも、国立公園内にある総滝幅4km、最大落差約85mの世界最大級のスケールと美しさを誇るイグアスの滝は世界的にも有名。イグアスとは、「偉大な水」の意味で、滝の数は大小合わせて300以上、大瀑布が大音響と共に繰り広げる豪壮な水煙のパノラマは圧巻で、しばしば、空には美しい虹がかかる。
   
 オウロ・プレートの歴史都市  オウロ・プレートは、ブラジリアの南東約680km、ミナス・ジェライス州にある17世紀末にゴールド・ラッシュによって繁栄した古都。オウロ・プレートは、1823年から1897年までミナス州の首都としてビラ・リッカ(富める村)と称して発展した。起伏の激しい石畳の坂道沿いに残るポルトガル統治時代のコロニアル建築の最高傑作とされるサンフランシスコ・ジ・アシス教会、ボン・ゼズス・マトジンニョ教会ほか多くの教会、鉱物学博物館、バロック様式の家々は珠玉のような美しさ。
   
 オリンダの歴史地区  オリンダは、ペルナンプコ州北東部の州都レシフェの郊外にあるブラジル最初のポルトガルの植民地で、長年、さとうきび産業で栄えた。ポルトガル人が1537年に建設した際、セーの丘からの眺望が大変美しく、「オー・リンダ」(おお、美しい)と感嘆したことが地名の由来となった。1630年にオランダ人プロテスタントによる破壊活動により、カルモ旧修道院付属大聖堂などわずかの建物を残し、16世紀の建造物は殆ど失われた。オランダの支配を経たのち、再びポルトガル領となって、17世紀半ばから町は再建された。
   
 グアラニー人のイエズス会伝道所:サン・イグナシオ・ミニ、ノエストラ・セニョーラ・デ・ロレト、サンタ・マリア・マジョール(アルゼンチン)、サン・ミゲル・ミソオエス遺跡(ブラジル)  グアラニー人のイエズス会伝道所は、イエズス会宣教師が17世紀から18世紀にかけて、先住民グアラニー族ヘの布教のために、ブラジル・アルゼンチン国境に築いた教化集落遺跡。1983年にブラジルのサン・ミゲル・ダス・ミソンイスが登録され、1984年にアルゼンチンのサンタ・マリア・ラ・マヨール、サン・イグナシオ・ミニ、ノエストラ・セニョーラ・デ・サンタ・アナ、ノエストラ・セニョーラ・デ・ロレトが追加登録され、併せてひとつの物件となった。
   
 コンゴーニャスのボン・ゼズス聖域  コンゴーニャスのボン・ゼズス聖域は、ブラジル南東部、ミナス・ジェライス州の州都ベロ・ホリゾンテの南約70kmにあるコンゴーニャスの近郊。ボン・ゼズス聖域には、1773年に建てられたブラジル後期のバロック建築を代表するボン・ジェスス・マトジーニョス聖堂、6つの小礼拝堂、それに、付属の庭園などから構成された宗教建築物群がある。ボン・ジェスス・マトジーニョス聖堂は、全国からの巡礼者が集まる聖地として知られている。
   
 ゴイヤスの歴史地区  ゴイヤスは、ブラジル中西部、首都ブラジリアの西250km、州都ゴイアニア(ゴヤニア )から132kmの地点にあるゴイヤス州の旧州都。金を探してサンパウロからやってきた バンディランテス(開拓者達)が1727年に創った旧ヴィラ・ボヤ市がゴイヤス文化の 揺藍の地となった。ゴイヤスの都市を知ることは、ブラジルの歴史を知ることでもあ る。中央ブラジルの植民地として重要な役割を果たしたゴイヤスの都市計画は、植民 都市が有機的に発展した顕著な事例。
   
 サルバドール・デ・バイアの歴史地区  サルバドール・デ・バイアは、バイア州サルバドールにあり、1549年にポルトガルが 建設して以来、1763年までブラジルの最初の首都であった。サルバドール・デ・バイ アは、最初にアフリカから黒人奴隷が到着した1558年以降約200年間、アフリカ奴隷の 労働力を大量に使った砂糖プランテーション産業で繁栄した。サルバドール・デ・バ イアは、高低差73mの町で、歴史地区は、トドス・オスサントス湾に面した商業地区の シダーデ・バイシャ(下町)と、シダーデ・アルタ(上町)に分けられる。
   
 サン・クリストヴァンの町のサンフランシスコ広場  サン・クリストヴァンの町のサンフランシスコ広場は、ブラジルの北東部、セルジッ ペ州の州都のアラカジュから25kmの所にある。サン・クリストヴァンは、1855年まで セルジッペ州の州都であった、ブラジルで4番目に古い町である。この町の開発は、ポ ルトガルの都市モデルに準じて、政治や宗教の中心である山の手と港や工場がある下 町 からなっている。町の史跡のほとんどは、サンフランシスコ広場の周辺に集中して おり、歴史的な都市景観を形成している。
   
 サン・ルイスの歴史地区  サン・ルイスは、ブラジル北東部マラニャン州の州都で、大西洋に面したサンマルコ ス湾に浮かぶサン・ルイス島北岸にある。1612年に、フランス人が建設、フランス国 王ルイ13世の名前にちなんで命名された。オランダ人の支配の後、1615年にはポルト ガル人が占領。砂糖や綿花の輸出港として繁栄。大農園の経営で富みを得たポルトガ ル人たちは競って立派な邸宅を建て、正面の壁をヨーロッパの美しい陶磁器のカラー ・タイルで飾り、バルコニーには鉄細工を施し、彫刻のある木製の扉、中庭には敷石 を敷き詰めた。
   
 セラ・ダ・カピバラ国立公園  セラ・ダ・カピバラ国立公園は、ブラジルの北東部、ピアウイ州のカピバラ山地(セ ラ・ダ・カピバラ)にある。セラ・ダ・カピバラ国立公園は、面積が979平方km、奇岩 と灌木カーティンガに覆われている。1980年代に発見された先史時代(約12000〜6000 年前)の約400の遺跡が残されている。なかでも、サン・ライムンド・ノナト遺跡には 、カピバラ、シカ、ジャガーなどの動物、古代人の生活、狩猟、儀式などの場面を幾 何学的で図式的な絵柄で描いた264か所の岩壁画が残っている。
   
 セラード保護地域:シャパーダ・ドス・ヴェアデイロス国立公園とエマス国立公園  セラード保護地域は、ブラジルの中央高原からアマゾンや北方にも展開する国土の4分 の1を占める草原地帯。セラード保護地域には、幾重にも連なる山々、高原、渓谷があ り、これらの地域すべてに滝や大小の川が流れている。セラードは、乾燥しつつも湿 気のある牧草地、川岸の草木、渓谷の森林、密集した雑木林など、森と大草原の混生 、断層壁の草木などが代表的な特徴。
   
 大西洋森林南東保護区  大西洋森林南東保護区は、パラナ州とサンパウロ州の両州にまたがる大西洋岸にある 。大西洋森林南東保護区は、ブラジルの大西洋岸森林としては、最大級、最良質の森 林数か所を含んでいる。大西洋森林南東保護区は、総面積が47万余ヘクタールにもな る25の保護地区から構成されている。ジャガー、カワウソ、アリクイなどの絶滅危惧 種をはじめとする動植物の宝庫であり、現存する大西洋岸森林の進化の歴史を見せて くれる。
   
 中央アマゾン保護区群  中央アマゾン保護区群は、アマゾナス州、ネグロ川流域のアマゾン中央平原にある。 ジャウ国立公園は、アマゾン盆地で最大の国立公園であり、地球上で最も豊富な生態 系を有する地域のひとつといわれている。1986年にジャウ川の全流域を保護するため に国立公園の指定を受け、面積は609.6万ha(そのうち現在の世界遺産登録面積は、 488.2万ha)という広さである。ジャウ川は、「ブラックウォーター型生態系」の典型 として知られている。
   
 ディアマンティナの歴史地区  ディアマンティナは、ブラジル東部、ベロオリゾンテの北東283km、標高1100mにある ミナス・ジェライス州の都市。ディアマンティナは、ポルトガル語でダイヤモンドの 意味で、その名の通り、1720年代にダイヤモンドの鉱脈が発見されてから栄え、ミナ スの北部一帯がこの名前で呼ばれる様になった。現在は、ダイヤモンドの採掘は行わ れていないが、当時、採掘者や投機家などの入植者で賑わった。
   
 パンタナル保護地域  パンタナル自然保護区は、ブラジル中西部のマット・グロッソ州の南西及びマット・ グロッソ・ド・スール州の北西にある。パンタナル自然保護区は、総面積が18万 7818haで、パンタナル・マットグロッソ国立公園など4地域に区切られた自然保護区の 集合で、世界でも最大級の淡水湿地生態系の一つであるマット・グロッソ大湿原の一 部を構成している。雨期になるとこの湿原はほとんどが水没するが、この地域の主要 河川であるクーヤバ川とパラグアイ川の源流は、この地域に発しており、多様な植物 や動物の生態系を見ることができる。
   
 ブラジリア  ブラジリアは、ブラジル高原の中央部にある面積5400平方km、人口180万人のブラジル の首都。ジュセリーノ・クピチェック(1902〜1976年)が大統領の時の1955年に新首 都ブラジリア建設計画を発表、建設が開始された。市街地が飛行機の形をした都市計 画はブラジル建築界の巨頭ルシオ・コスタ(1902〜1998年)、設計はニューヨークの 国連ビルを設計した有名な建築家のオスカー・ニエマイヤー(1907年〜)、景観設計 家のロベルト・ブルレ・マルクス(1909〜1994年)を起用。5年後の1960年にリオデジ ャネイロからの遷都が実現した。
   
 ブラジルが発見された大西洋岸森林保護区  ブラジルが発見された大西洋岸森林保護区は、ブラジルの北東部のバイーア州とエス ピリト・サント州にまたがる大西洋岸にある。世界遺産登録地域は、111930haで、熱 帯森林や灌木地帯からなる8つの保護区で構成され植生も多様。ブラジルの大西洋沿岸 に広がる雨林地帯は、生物の多様性も豊かであり世界的にも屈指といえる。この保護 区は、固有の植物や動物が分布しており、生物進化の過程を解明する手掛かりを種々 提供してくれる。ブラジルが発見された大西洋岸森林保護区は、科学者の興味を惹き つける重要な地域である。
   
 ブラジルの大西洋諸島:フェルナンド・デ・ノロニャとロカス環礁保護区
 ブラジルの大西洋諸島:フェルナンド・デ・ノロニャとロカス環礁保護区は、ペルナン ブコ州フェルナンド・デ・ノロニャ島、サンショ海岸、ポルコス海岸、レオン海岸な どを有する21の島々からなるフェルナンド・デ・ノロニャ多島海とロカス環礁からな る。多島と環礁からなるこの一帯の海は、鮪、鮫、海亀、海鳥などの繁殖地や生育地 として、きわめて重要な地域。世界のダイバーあこがれのスポットとしても有名であ る。視界は水深50mまで見渡せ、エイなどの魚はもちろん、カメ、イルカ、サンゴ礁な ども共存している。