Patrimoine de l'humanite
 イエローストーン国立公園  イエローストーン国立公園は、ワイオミング州北西部を中心に、一部はモンタナ州とアイダホ州にまたがる世界最初の国立公園で、1872年に指定された。イエローストーン国立公園は、ロッキー山脈の中央にある火山性の高原地帯で、80%が森林、15%が草原、5%が湖や川。1万近い温泉、約200の間欠泉、噴気孔の熱水現象などが3000m級の氷河を頂く山々、壮大な渓谷、大小の滝、クリスタルな湖と共に多彩な自然を織りなす。
   
 グランド・キャニオン国立公園  グランド・キャニオン国立公園は、アリゾナ州北西部のココニノ郡とモハーヴェ郡にまたがる。コロラド川がコロラド高原の一部であるカイバブ高原とココニノ高原を浸食して形成したマーブル峡谷からグランド・ウオッシュ崖までの長さ450km、最大幅30km、深さ1500mの壮大な大峡谷。世界遺産の登録面積は、493077haである。全体的には赤茶けて見えるが日の出と日の入りの景色は荘厳で美しい。断崖絶壁の谷底を流れるコロラド川の両岸の約1億年前に隆起した地層は最古層で20億年前の先カンブリア紀、表層部で2.5億年前の二畳紀のものといわれる
   
 ヨセミテ国立公園  ヨセミテ国立公園は、カリフォルニア州のシェラネバダ山脈中部にある。マーセド川が流れる巨大なヨセミテ渓谷を中心にして広がる花崗岩の岩山と森と湖からなる面積3083平方kmの広大な国立公園。氷河の彫刻ハーフドームと呼ぶ標高2695mの岩山、世界最大の花崗岩の一枚岩であるエル・キャピタンの岩壁(高さ914m)、落差が728mもあるヨセミテ滝などが壮大な姿を見せている。また、植物相も多彩で、麓のほうでは多数の草花が自生している。樹齢3000年、幹の直径が10mもあるジャイアント・セコイアをはじめ、セコイア林などが広がる。
   
 ウォータートン・グレーシャー国際平和公園  ウォータートン・グレーシャー国際平和公園は、カナダとアメリカ合衆国との国境に位置し、カナダ側は、アルバータ州の南西部にあるウォータートン・レイク国立公園とアメリカ側は、モンタナ州とブリティッシュ・コロンビア州にまたがるグレーシャー国立公園が、アルバータとモンタナのロータリー・クラブの働きかけにより、1932年6月30日に、ひとつの公園として、世界初の国際平和公園法によって選ばれた。両者はカナダとアメリカの国境を隔てているが自由に行き来できるツイン・パーク。
   
 グレート・バリア・リーフ  グレート・バリア・リーフは、クィーンズランド州の東岸、北はパプア・ニューギニア近くのトレス海峡からブリスベンのすぐ北までの全長2012km、面積35万平方km(日本とほぼ同じ大きさ)、グリーン島、ヘロン島、ノーサンバーランド、カンバーランド、ウィットサンデーなど600の島がある世界最大の珊瑚礁。1770年にイギリスの探検家ジェームズ・クック(1728〜1779年)が発見した。色鮮やかなグレート・バリア・リーフ(大保礁)は、200万年前から成長を始めたと言われ、テーブル珊瑚など約400種類の珊瑚類が注目される。
   
 ウルル-カタ・ジュタ国立公園  ウルル-カタ・ジュタ国立公園は、オーストラリアのほぼ中央部、北部準州にあり、総面積は132566haで、地質学上も特に貴重とされている。この一帯の赤く乾いた神秘的な台地に突如、「地球のヘソ」といわれる世界最大の一枚砂岩のエアーズ・ロック(アボリジニ語でウルル)と高さが500m、総面積が3500haとエアーズ・ロックより大きい36個の砂岩の岩塊群のマウント・オルガ(カタ・ジュタ)が現れる。エアーズ・ロックは、15万年前にこの地にやってきた先住民、アボリジニが宗教的・文化的に重要な意味を持つ聖山として崇拝してきた。
   
 クィーンズランドの湿潤熱帯地域  クィーンズランドの湿潤熱帯地域は、クィーンズランド州の北部、クックタウンの南からタウンズビルの北の地域で、グレート・バリア・リーフ地域に隣接している。クィーンズランドの湿潤熱帯地域は、東北オーストラリア湿潤熱帯地域の90%を占め、指定地9200平方kmのうち約80が熱帯多雨林地域。デインツリー国立公園、デインツリー海岸、バロン渓谷、バロン滝などがある。1億3000万年前の原始の植物など地球の歴史上最も古い太古ゴンドワナ時代の特徴的な痕跡が現存しているため、「世界で最も古い所」とも呼ばれる。
   
 グレーター・ブルー・マウンテンズ地域  グレーター・ブルー・マウンテンズ地域は、オーストラリアの南東部、シドニーの西60kmにある面積103万haの広大な森林地帯。ブルー・マウンテン国立公園とその周辺は、海抜100mから1300mに至る深く刻まれた砂岩の台地で、高さが300mもある絶壁、オーストラリアのグランド・キャニオンとも呼ばれている雄大な自然景観を誇るジャミソン渓谷、ウェントワースやカトゥーバの滝、湿原、湿地、草地などが織りなす多様な風景が印象的である。
   
 カナディアン・ロッキー山脈公園  カナディアン・ロッキー山脈公園は、南北に2000kmも走るロッキー山脈のカナダ部分で、アルバータ州とブリティッシュ・コロンビア州にわたる。東側山麓にあるカナダで一番古いバンフ国立公園、三葉虫の化石のバージェス頁岩で有名なヨーホー国立公園、深い針葉樹林と800を越える湖や沼が美しいジャスパー国立公園、氷河が造り出した様々な地形を見ることができるクートネイ国立公園の4つの国立公園を擁する。コロンビア大氷河とキャッスル・ガード洞窟、ジャスパーのマリーン湖とマリーン峡谷は雄大で神秘的。
   
 メテオラ  アギオス・ニコラオス修道院 メテオラは、ギリシャ中央部のテッサリア地方、ピニオス川がピントス山脈の深い峡谷から現われテッサリア平原に流れ込むトリカラ県にある修道院群。メテオラとは、ギリシャ語の「宙に浮いている」という形容詞が語源の地名。11世紀以降、世俗を逃れ岩の割れ目や洞窟に住み着いた修道僧によって、14〜16世紀のビザンチン時代後期およびトルコ時代に、24の修道院が約60の巨大な灰色の搭状奇岩群がそそり立つ頂上(高さ30〜400m) に建てられた。
   
 黄山  黄山(ホヮンサン)は、長江下流の安徽省南部の黄山市郊外にあり、全域は154平方kmに及ぶ中国の代表的な名勝。黄山風景区は、温泉、南海、北海、西海、天海、玉屏の6つの名勝区に分かれる。黄山は、花崗岩の山塊であり、霧と流れる雲海に浮かぶ72の奇峰と奇松が作り上げた山水画の様で、標高1800m以上ある蓮花峰、天都峰、光明頂が三大主峰である。黄山は、峰が高く、谷が深く、また、雨も多いため、何時も霧の中にあって、独特な景観を呈する。
   
 九寨溝の自然景観および歴史地区  九寨溝(チウチャイゴウ)の自然景観および歴史地区は、四川省の成都の北400km、面積が620平方kmにも及ぶ岷山山脈の秘境渓谷で、長海、剣岩、ノルラン、樹正、扎如、黒海の六大風景区などからなる。一帯にチベット族の集落が9つあることから九寨溝と呼ばれている。湖水の透明度が高く湖面がエメラルド色の五花海をはじめ、九寨溝で最も大きい湖である長海、最も美しい湖といわれる五彩池など100以上の澄みきった神秘的な湖沼は、樹林の中で何段にも分けて流れ落ちる樹正瀑布、人々の心魂をゆさぶる珍珠灘瀑布などの瀑布、滝や広大な森林
   
 ギョレメ国立公園とカッパドキアの岩窟群   ギョレメ国立公園は、トルコの中部、ネヴシェヒール地方にあるアナトリア高原にある。カッパドキアの岩窟群は、エルジェス山やハサン・ダウ山の噴火によって、凝灰石が風化と浸食を繰り返して出来上がったもので、キノコ状、或は、タケノコ状の奇岩怪石が林立する。この地に、4世紀前後にローマ帝国の迫害から逃れたキリスト教徒が、横穴式に掘り抜いて約360の岩窟修道院や教会などをつくった。
   
 ヒエラポリス・パムッカレ  ヒエラポリスとパムッカレは、イスタンブールの南約400kmのデニズリから北20kmにある。ヘレニズムからローマ時代にかけての古代都市遺跡であるヒエラポリスは、紀元前190年にペルガモンの王であったユーメネス2世によって作られ、2〜3世紀のローマ時代に、温泉保養地として最も栄えた。聖フィリップのレリーフがある円形大劇場、ドミティアヌス帝の凱旋門、浴場跡、八角形の聖フィリップのマーティリウム、アナトリア最大の2kmもある共同墓地などが残っている。パムッカレは、トルコ語で「綿の城塞」という意味
   
 屋久島  屋久島は、鹿児島県の南方約60kmのコバルトブルーの海に浮かぶ周囲132km、面積500平方km、わが国では5番目に大きい離島。屋久島は、中生代白亜紀の頃までは海底であったが、新生代になって造山運動が活発化、約1400万年前、海面に岩塊の一部が現われ島の原形がつくられた。日本百名山の一つで、九州最高峰の宮之浦岳(1935m)を中心に、永田岳、安房岳、黒味岳など1000mを越える山々が40座以上も連なる。
   
 知床  知床は、日本の北海道の北東端にあり、地名はアイヌ語の「シリエトク」に由来し、地の果てを意味する。知床の世界遺産の登録面積は、核心地域が34000ha、緩衝地域が37100haの合計71100haである。登録範囲は、長さが約70kmの知床半島の中央部からその先端部の知床岬までの陸域48700haとその周辺のオホーツク海域22400haに及ぶ。
   
 ハワイ火山群国立公園  ハワイ火山群国立公園は、ハワイ州ハワイ島南東岸にある1916年に指定された国立公園である。ハワイ島(The Big Island)は、太平洋の真ん中にある8つの島で構成されるハワイ群島の最大の島でポリネシアの歴史をもつ。ハワイ火山は、世界で最も激しい7000年にもわたる火山活動を続ける2つの火口をもつキラウエア山(1250m)やマウナ・ロア山(4170m)などの活火山が噴煙を上げ、真っ赤な熔岩を押し出している。ハワイ群島の最高峰のマウナ・ケア山(4205m)は、白い山という意味の楯状火山で、氷食地形と氷河湖が残っている。
   
 ハー・ロン湾  ハー・ロン湾は、ヴェトナムの北東部、中国との国境近くのトンキン湾にあり、その絶景は「海の桂林」(中国を代表する名峰奇峰の景勝地)と称されている。約1500平方kmの地域に、透明なエメラルド・グリーンの海、突き出た大小約1600の海食洞を持つ小島、断崖の小島などの奇岩が静かな波間に浮かぶヴェトナム随一の風光明媚な景勝地である。ヴェトナム語で、ハーは「降」、ロンは「竜」、ハー・ロンは「降り立つ竜」という意味で、かつて天から降り立った竜が外敵を撃退した時に、石灰岩の丘陵台地が砕かれ、無数の島が海に浮かんだという
   
 マチュ・ピチュの歴史保護区  マチュ・ピチュは、インカ帝国の首都であったクスコの北約114km、アンデス中央部を流れるウルバンバ川上流の緑鮮やかな熱帯雨林に覆われた山岳地帯、標高2280mの四方を絶壁で隔てられた自然の要害の地にあるかつてのインカ帝国の要塞都市。空中からしかマチュ・ピチュ(老いた峰)とワイナ・ピチュ(若い峰)の稜線上に展開する神殿、宮殿、集落遺跡、段々畑などの全貌を確認出来ないため、「謎の空中都市」とも言われている。
   
 厳島神社  厳島神社は、広島県西部、瀬戸内海に浮かぶ厳島(宮島)にある。緑に覆われた標高530mの弥山(みせん)の原始林を背景に、本社本殿を中心に海上の大鳥居など鮮やかな朱塗りの平安の宗教建築群を展開する。他に例を見ない大きな構想のもとに独特の景観を創出している。登録遺産の範囲は、厳島神社の本社本殿、拝殿、幣殿、祓殿等が17棟、それに、朱鮮やかな大鳥居、五重塔、多宝塔を含めた建造物群と、それと一体となって登録遺産の価値を形成している前面の瀬戸内海と背後の弥山を中心とする地域。
   
 石見銀山遺跡とその文化的景観  石見銀山遺跡は、日本海に面する島根県中央部の大田市にある。石見銀山は、中世から近世にかけて繁栄した銀山で、16〜17世紀の銀生産最盛期には、ボリヴィアのポトシと並ぶ世界の2大銀鉱山といわれ、海外にも多く輸出され、当時の世界の産銀量の約3分の1を占めたといわれる日本銀のかなりの部分を担い、世界経済にも大きな影響を与えた。石見銀山遺跡は、中世から近世の約400年にわたる銀山の全容が良好に残る稀な産業遺跡
   
 小笠原諸島  小笠原諸島は、日本の南部、東京湾からおよそ1000km(竹芝〜父島間)南方の海上に、南北400km にわたって散在する大小30余りの島々からなる。小笠原諸島は、地球上の大陸形成の元となる海洋性島弧(海洋プレート同士がぶつかり合って形成された列島)が、どのように発生し成長するかという進化の過程を、陸上に露出した地層や無人岩(ボニナイト)などの岩石から解明することのできる世界で唯一の場所である。
   
 紀伊山地の霊場と参詣道  紀伊山地の霊場と参詣道は、日本の中央部、紀伊半島の和歌山県、奈良県、三重県の三県にまたがる。修験道の「吉野・大峯」、神仏習合の「熊野三山」、密教の「高野山」というように、それぞれ起源や内容を異にする三つの「山岳霊場」と、これらの霊場を結ぶ大峯奥駈道、熊野参詣道(小辺路・中辺路・大辺路・伊勢路・熊野川)、高野山町石道の「参詣道」(巡礼路)からなる。紀伊山地の霊場と参詣道は、紀伊山地の自然環境がなければ成り立つことがなかった「山岳霊場」と「参詣道」、そして、周囲を取り巻く「文化的景観」を特色とする
   
 古都京都の文化財(京都市 宇治市 大津市)  古都京都の文化財は、794年に古代中国の都城を模範につくられた平安京とその近郊が対象地域で、平安、鎌倉、室町、桃山、江戸の各時代にわたる建造物、庭園などが数多く存在する。世界遺産に登録されている物件は、賀茂別雷神社(上賀茂神社)、教王護国寺(東寺)、比叡山延暦寺、仁和寺、宇治上神社、西芳寺(苔寺)、鹿苑寺(金閣寺)、龍安寺、二条城、賀茂御祖神社(下鴨神社)、清水寺、醍醐寺、平等院、高山寺、天龍寺、慈照寺(銀閣寺)、西本願寺の17社寺・城で、宇治市と滋賀県の大津市にも及ぶ。
   
 古都奈良の文化財 東大寺  古都奈良の文化財 東大寺 大仏殿 古都奈良の文化財は、聖武天皇(701〜756年)の発願で建立された官寺で、金堂(大仏殿)、南大門、三月堂(法華堂)など8棟(正倉院正倉を含む)が国宝に、18棟が重要文化財に指定されている東大寺、神の降臨する山として神聖視されていた御蓋山の麓に、藤原氏の氏神を祀った神社の春日大社、大社の文化的景観を構成する特別天然記念物の春日山原始林、藤原氏の氏寺として建立され五重塔が象徴的な興福寺、6世紀に蘇我馬子が造営した飛鳥寺が平城京に移された元興寺、天武天皇の発願で建立された官寺の薬師寺、
   
 白神山地   白神山地は、青森県、秋田県にまたがる広さ170平方kmにおよぶ世界最大級の広大なブナ原生林。白神岳を中心に1000m級の山々が連なる。白神山地のブナ林は、8000年近い歴史をもち、縄文時代の始まりとともに誕生したと考えられており、縄文に始まる東日本の文化は、ブナの森の豊かな恵みの中で育まれてきた。古代の人々の生活そのものの狩猟、採取はブナの森の豊かさに支えられ、現代の私たちもブナの森の恵みに預かっている。
   
 白川郷・五箇山の合掌造り集落  白川郷・五箇山の合掌造り集落は、岐阜県(白川村荻町)と富山県(南砺市相倉、菅沼)の3集落にある国内では珍しい大型の木造家屋89棟の「合掌造り」の集落。「合掌造り」と集落の歴史的景観を形成する周辺の自然環境が、わが国6番目の世界遺産の指定対象地域(約68ha)になっている。「合掌造り」とは、勾配が60度に急傾斜している屋根を丈夫にする為のサシという特殊構造を用いた切妻屋根茅葺木造家屋のことで、豪雪などの自然環境に耐え、養蚕に必要な空間を備えた効率的な造りになっており、大変ユニーク。
   
 日光の社寺  日光の社寺は、栃木県の日光市内にある。日光の社寺は、二荒山神社、東照宮、輪王寺の2社1寺とその境内地からなる。その中には、江戸幕府の初代将軍徳川家康(1542〜1616年)を祀る東照宮の陽明門や三代将軍家光(1604〜1651年)の霊廟がある輪王寺の大猷院などの国宝9棟、二荒山神社の朱塗が美しい神橋などの重要文化財94棟の計103棟の建造物群が含まれる。二荒山神社は、日光の山岳信仰の中心として古くから崇拝されてきた神社であり、中世には多数の社殿が造営された。
   
 姫路城   姫路城は、兵庫県姫路市内の小高い丘、姫山にある平山城。姫路城が最初に築かれたのは、鎌倉時代の末期、元弘3年(1333年)、播磨の豪族・赤松則村が、西国からの幕府方の攻撃に備えて、ここに砦を築いた。その後も、西国統治の重要拠点として、羽柴秀吉、池田輝政、本多忠政ら時代の重鎮がこの城を引き継ぎ、その都度拡張され、現在の姿を整えてきた。築城技術は、安土桃山時代から江戸時代初期にかけて、軍事的にも芸術的にも最高レベルに達したが、1610年、池田輝政は、その時代の粋を集めてこの城を完成させた。
   
 平泉−仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群  平泉―仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群―は、日本の東北地方、岩手県にある。平泉は、12世紀日本の中央政権の支配領域と本州北部、さらにはその北方の地域との活発な交易活動を基盤としつつ、本州北部の境界領域において、仏教に基づく理想世界の実現を目指して造営された政治・行政上の拠点である。平泉は、精神的主柱を成した寺院や、政治・行政上の中核となった居館などから構成され、宗教を主軸とする独特の支配の形態として生み出された。
   
 広島の平和記念碑(原爆ドーム)   広島の平和記念碑(原爆ドーム)は、広島市の中心部を流れる元安川の川辺にある。原爆ドームは、第二次世界大戦末期の昭和20年(1945年)8月6日、米軍が投下した原子爆弾によって破壊されるまでは、モダンなデザインを誇る旧広島県産業奨励館で、チェコの建築家ヤン・レッツェル(1880〜1925年)によって設計され、大正4年(1915年)に完成した建造物であった。原爆ドームは、人類史上初めて使用された核兵器によって、街はほとんどが破壊され、多くの人の生命が奪われるなどの惨禍を如実に物語る負の遺産
   
 法隆寺地域の仏教建造物  法隆寺地域は、奈良県生駒郡斑鳩町にある。法隆寺は、推古朝の607年に、聖徳太子(574〜622年)が推古天皇(554〜628年)と共に太子の父君・用明天皇の為に建立したとされる。一度全焼し710年頃までの再建説が有力で、1400年に及ぶ輝かしい伝統を今に誇る。法隆寺は、世界最古の木造建築物の中門、金堂、日本の塔の中で最古の五重塔などからなる西院伽藍、夢殿を中心とした東院伽藍などからなる。
   
 琉球王国のグスク及び関連遺産群  琉球王国のグスク及び関連遺産群は、沖縄県の那覇市など2市5村にまたがって点在するかつてこの地で隆盛を誇った琉球王国の時代の文化遺産。琉球王国のグスク(沖縄では、「城」と書いて「グスク」と読む)及び関連遺産群は、登録遺産の面積が54.9ha、緩衝地帯の面積が559.7haの合計614.6haに及ぶ。琉球が琉球王国への統一に動き始める14世紀後半から、王国が確立した後の18世紀末にかけて生み出された琉球地方独自の特徴を表す文化遺産群
   
 アグラ城塞  アグラ城塞は、ニューデリーの南南東約200km、アグラ市ヤムナ川右岸にある。ムガール帝国の古都で、ムガール帝国3代アクバル王が1564〜1574年に築いた壮大な赤い城。城壁の内側には、ジャハーン・ギーリー宮殿やモティ・マスジト、ナギーナ・マスジトの2つのモスク、八角形の塔「囚われの塔」などが残っている。ジャハーン・ギーリー宮殿は、アクバル王の時代の建物で、城内で現存する唯一のものである。
   
 アジャンター石窟群  アジャンター石窟群は、デカン高原の西北部、アウランガバードの北東80kmのワゴーラ渓谷の岩壁にある世界に誇るインド仏教芸術の至宝。ワゴーラ川岸の断崖に掘られた大小29の仏教の石窟寺院群が600mにわたって並ぶ。アジャンター石窟寺院の造営は、紀元前1〜7世紀とされ、インドでは最古。豊富に残された仏教説話や菩薩像などが描かれたグプタ様式の美しい壁画や彫刻には傑作が多く、インド古典文化の黄金時代のグプタ朝(320年頃〜550年頃)に描かれた純インド的な仏教美術の源流として貴重。第1窟の壁画、蓮華手菩薩図は有名。
   
 インドの山岳鉄道群  インドの山岳鉄道群は、ダージリン・ヒマラヤ鉄道 (DHR)とニルギリ山岳鉄道(NMR)、カルカ・シムラー鉄道(KSR)からなる。ダージリン・ヒマラヤ鉄道は、インド北西部シッキム州のネパール国境とブータンの近くを走る1881年に開通した世界最古の山岳鉄道で、ダージリンとニュー・ジャルパイグリ駅の83kmを結ぶ。急勾配や急カーブなどにも小回りが利くように線路の幅が2フィート(61cm)と狭いのが特徴。美しいダージリン丘陵とヒマラヤ山脈の山間部を走るトイ・トレイン(おもちゃの列車)は、技術的にも優れた世界的な名声を博する
   
 エレファンタ石窟群  エレファンタ石窟群は、インド西部、ムンバイ湾の東の沖合10kmにある小島のエレファンタ島にある7世紀頃のヒンドゥー教の石窟寺院。エレファンタの名前は、海岸で、象の彫刻が発見されたことから命名された。エレファンタ石窟群は、7つの石窟からなり、第1石窟の高さ5.5mの「3面のシバ」神像は、重量感と力強さのあるヒンドゥー彫刻の傑作で、頭部に顔が3つあり、正面の顔は微笑み、右の顔は怒り、左の顔は瞑想に耽っている。
   
 エローラ石窟群  エローラ石窟群は、インド中部、デカン高原の西北部のアウランガーバードから北西約30kmのマハーラーシュトラ高原にある。エローラ石窟群には、アジャンター石窟群と双璧をなす34の石窟寺院(ヒンドゥー教寺院 17、仏教寺院 12、ジャイナ教寺院 5)が並ぶ。クリシュナン1世が、8世紀中頃に造らせたシヴァ神やヴィシュヌ神などを祀った第16窟のカイラーサナータ寺院とその壁画は、ヒンドゥー教美術の最高傑作とされている。第10窟は、美麗なファサードをもつ、礼拝をする為のチャイトヤ窟で、第12窟はスケールが大きく3層からなっている。
   
 カジュラホの建造物群  カジュラホは、ヒンドゥー教の聖地バナーラスから396kmにある寺院都市。10〜13世紀に北インドを支配したチャンデーラ王朝の最盛期の遺跡群が残る。当初85あったヒンドゥー教寺院は、イスラム教徒によって破壊され、現在は22。ヒンドゥー教寺院の建築様式は、インドの北方様式で、高塔という屋根を持っている。ヒンドゥー教寺院の内外は、タントリズムの影響を受けた男女の神々や動物などの彫刻で覆いつくされており壮観。
   
 カジランガ国立公園  カジランガ国立公園は、インドの東部、アッサム州を流れるブラマプートラ川の左岸に広がる堆積地の国立公園。公園面積の66%は草原、28%は森、残りは河川や湖で構成されている。草原は、雨期になるとブラマプートラ川が氾濫し、沼や池ができる。この地形がインドサイの生育に適しており、今では少なくなった一角のインドサイ約1000頭が生息している。このほかトラ、ヒョウ、スイギュウ、鹿、象などの貴重な哺乳類やベンガルノガン、カモ、ワシなどの鳥類が生息している。
   
 ケオラデオ国立公園  ケオラデオ国立公園は、インド北部ラジャスタン州の淡水湿地帯を中心とした29平方kmに広がる水鳥の楽園で、かつては、バラトプル鳥類保護区として知られていた。ケオラデオ国立公園で観察される鳥類は約350種で、中央アジアやシベリアなどからの渡り鳥も飛来する。ケオラデオ国立公園には、絶滅危惧種のソデグロヅル、アカツクシガモ、カモメ、ハシビロガモ、オナガガモ、オオバン、シマアジ、キンクロハジロ、ホシハジロ、また、ジャッカル、ハイエナ、マングースなども生息している。
   
 コナーラクの太陽神寺院  コナーラクの太陽神寺院は、カルカッタの北西、オリッサ州のベンガル湾付近の村コナーラクにある。コナーラクの太陽神寺院は、13世紀半ばにガンガー朝のナラシンハ・デーヴァ1世によって建てられた太陽神スーリヤ(火の神アグニ、雷神インドラと共に三大神の一つ)を祀る巨石積のヒンドゥー教寺院の遺跡で、オリッサ州の寺院建築の最高傑作とされている。コナーラクの太陽神寺院は、巨大であり、本殿と高さ約33mの前殿の基壇の側面に直径約2.5mの大車輪12対を刻み、寺院全体を太陽神スーリヤの馬車(戦車)に見立てられている。
   
 ゴアの教会と修道院  ゴアは、インド半島の西岸、ムンバイの南約400kmにある。1510年にポルトガルの植民地となり、20世紀までポルトガル領であったため、多くのキリスト教の建物が建設され、南アジアにおける一大キリスト教都市となった。16世紀後半には、ポルトガルのアジアへの貿易とキリスト教布教の拠点として最も繁栄した。100以上もある遺跡の中でも、セ・カテドラルは、現存する最大の教会堂で、1619年に建てられた。また、ポム・ジェズス教会には、日本にも布教に来たF.ザビエルの遺体が安置されている。
   
 サーンチーの仏教遺跡  サーンチーの仏教遺跡は、マディヤ・プラデシュ州の州都ボーパルから北へ約40km、デカン高原を見渡す小高い丘にある。サーンチーには、紀元前2〜1世紀に仏教を篤く信仰し仏教を活用した徳治政治を理想としたマウリヤ朝のアショーカ王が建立したドーム状の3つの仏塔(ストゥーパ)のほか、仏堂、僧院など仏教にまつわる建造物や遺跡が残されている。
   
 ジャイプールのジャンタル・マンタル  ジャイプールのジャンタル・マンタルは、インドの西部、ラジャスタン州の州都ジャイプールのマハラジャの居城「シティ・パレス」の一角にある太陽、月、星の動きを観察できる天体観測施設であり、1901年に修復された。ジャンタル・マンタルは、ジャイプールを建設した、天文学者でもあったムガール帝国のマハラジャ、サワーイ・ジャイ・スィン2世(1693〜1743年)によって、1728〜1734年に、ジャイプールの中心部に建設された。サンスクリット語で、魔法の仕掛けという意味である。
   
 スンダルバンス国立公園  スンダルバンス国立公園は、インドの東部の西ベンガル州、コルカタの南約120km、バングラデシュにまたがる世界最大のガンジス・デルタ地帯にある。ガンジス川、ブラマプトラ川、メガーナ川など水量の多い川が世界最大級のマングローブの森を形成する大湿地帯である。スンダルバンス国立公園の世界遺産の登録面積は、133010haに及ぶ。スンダルバンス国立公園は、インド・アジア大陸最大のベンガル・トラ(ベンガル・タイガー)の生息地としても知られ、1973年に、スンダルバンス・タイガー保護区が設けられた
   
 タージ・マハル  タージ・マハルは、インド北部のウッタル・プラデッシュ州アグラ市のヤムナ川の川岸に建つ白亜の霊廟。ムガール帝国の第5代の皇帝シャー・ジャハーン(在位1628〜1658年)が、亡き王妃ムムターズ・マハルの為に1632年から約22年かけて造営した。「タージ」は、妻の名「ムムターズ」が変化した名である。デリーにあるフマユーン廟をモデルにして造られた。タージ・マハルは、庭園の三方を壁で囲い、北辺の中央に高さ58mの大ドームを持つ白大理石の廟、それに、四隅の56メートル四方の基壇には、高さ42mの尖塔(ミナレット)が立っている。
   
 チャトラパティ・シヴァジ・ターミナス駅(旧ヴィクトリア・ターミナス駅)  チャトラパティ・シヴァジ・ターミナス駅<旧ヴィクトリア・ターミナス駅>は、インドの西岸、インド最大の商業都市で貿易港でもあるムンバイ(人口 約1200万人 旧ボンベイ)にある鉄道駅。旧ヴィクトリア・ターミナス駅は、英国人の建築家F.W.スティーブンス(1848〜1900年)が設計、1878年に着工し1887年に完成した。旧ヴィクトリア・ターミナス駅は、ヴィクトリア朝ゴシック様式と伝統的なインド様式が融合した荘厳な建築物で、ゴシック都市ボンベイのシンボルと共にインドの主要な国際的な商業港になった。
   
 チャンパネル・パヴァガドゥ考古学公園  チャンパネル・パヴァガドゥ考古学公園は、グジャラート州中央部のパンチ・マハル郡にある。チャンパネル・パヴァガドゥ考古学公園は、大部分が未発掘のままの考古学公園である。銅石器時代の遺跡、初期ヒンドゥーの要塞、16世紀のグジャラート州の中心都市としての建築物などが残っている。パヴァガドゥ丘陵の頂上にあるカリカ・マタ寺院は、年間を通じて数多くの巡礼者が訪れる重要な聖地であると考えられている。チャンパネル・パヴァガドゥ考古学公園は、ムガール帝国以前のイスラム都市である。
   
 チョーラ朝の現存する大寺院群  チョーラ朝の現存する大寺院群は、南インドのタミル・ナードゥ州中東部にある。タンジャブールにあるブリハディシュワラ寺院は、チョーラ朝のラージャラージャ1世が11世紀に建立したドラビタ様式のシバ派の代表的寺院で、高さ72mの大塔を持つ。チョーラ王が舞踏を奨励したので「シバの舞踏像」の奉納が目立つ。2004年にガンガイコンダチューラプラムにあるブリハディシュワラ寺院(タンジャブールのものと同名)とダラスラムにあるアイラヴァーテスヴァラ寺院の2つの寺院を追加。
   
 デリーのクトゥブ・ミナールと周辺の遺跡群  デリーのクトゥブ・ミナールと周辺の遺跡群は、デリーの南16kmのクトゥブ・ミナールにある。1193年にクトゥブディーン・アイパクがヒンドゥー教領主を倒してデリーに初めてムスリム王朝を開いた時の戦勝記念塔で、5層からなる、高さが72.5mのインドで最も高い石造建造物である。敷地内にはインド最古のイスラム寺院、クット・アル・イスラム・モスクや4世紀建造の鉄柱(1600年も不朽)が残る。
   
 デリーのフマユーン廟  フマユーン廟は、首都ニューデリーの南東約5kmのデリーにある。ムガール帝国の第2代皇帝フマユーン(1508〜1556年)は、一時、国を弟達に奪われ、ペルシャに身を寄せたことがある。第一皇妃ハージ・ベグムは、フマユーンを偲び、ペルシャから設計士を招き1556年にデリーに廟を着工し1566年に完成させた。フマユーン廟は、“庭園の中の廟”という形式を完成した最初の建物で、後のタージ・マハルの建設にも大きな影響を与えた。ペルシャの四分庭園を持つチャハルバーグ様式のムガール廟墓の端緒。
   
 ナンダ・デヴィ国立公園とフラワーズ渓谷国立公園  ナンダ・デヴィ国立公園とフラワーズ渓谷国立公園は、ウッタラーカンド州の西ヒマラヤに高くそびえている。フラワーズ渓谷国立公園は、ブルー・ポピーなど希少種の高山植物が草原に咲き自然美を誇る標高3500m級の通称「花の谷」で、1931年に発見された。この豊かな多様性に富んだ地域は、ヒマラヤグマ、ユキヒョウ、ブラウン・ベア、それにブルーシープなどの希少種や絶滅危惧(きぐ)種が生息している。
   
 ハンピの建造物群  ハンピの建造物群は、ボンベイの南東約500kmにある14〜17世紀にかけて南インドを支配したヴィジャヤナガル王国(1336〜1649年)の首都遺跡。ヴィジャヤナガル(現在のハンピ)は、「勝利の町」を意味し、当時の都は、北はトゥンガバドラ川、東は岩山の天然の要塞と7重の城壁に囲まれ、マハナミディヴァの王宮や多くの化身を生じたヒンドゥー教の主神の一つヴィシュヌ神を祀る多くの寺院を残した。ハンピには、ヴィジャヤナガル時代の最高傑作といわれる石柱とマンタバ(拝堂)、ラタ(山車)が印象的なヴィッタラ寺院
   
 パッタダカルの建造物群  パッタダカルは、インド南部カルナータカ州にある。チャールキャー王朝(6〜8世紀)の3番目の都跡で、約10のヒンドゥー教寺院が残されている。神殿の屋根が砲弾型の北型と、ピラミッド型の南型の2つの建築様式があり、北型ではパパナータ寺院、南型ではマッリカールジュナ寺院、ヴィルパークシャ寺院が代表例。インドの東・中部の寺院建築に影響を及ぼした。
   
 ビムベトカの岩窟群  ビムベトカの岩窟群は、中央インド高原南端のヴィンディアン山脈のマディヤ・プラデーシュにある。ビムベトカの岩窟群は、面積が19平方km、密林上の砂岩の岩塊の中に、5層の自然の岩のシェルターが130もあり、3.5万年前の旧石器時代の岩絵が数多く残されている。ビムベトカの岩窟群の緩衝地帯にある21の村の住民の文化的な伝統は、岩絵に描かれたものときわめてよく似ている。
   
 ファテープル・シクリ  ファテープル・シクリは、インド北部、ウッタル・プラデーシュ州アグラの西約40kmのシクリ村の丘陵にある。ファテープル・シクリは、ムガール帝国(1526〜1858年)の実質的な建設者であるアクバル王が16世紀後半に建設した周囲約11kmの勝利の都市という意味のファテープル・シクリという都市遺跡である。ファテープル・シクリは、10年間ばかりであるが、ムガール帝国の首都であった。ファテープル・シクリには、5層からなるパンチ・マハルの宮殿、隊商宿が往時の姿を止めている。
   
 ブッダ・ガヤのマハーボディ寺院の建造物群  ブッダ・ガヤのマハーボディ寺院は、インドの東部、ビハール州にある。ブッダ・ガヤのマハーボディ寺院は、仏教の開祖、ガウダマ・シッダールタ(お釈迦様)の生涯に関連した生誕の地ルンビニー、成道の地ブッダ・ガヤ、初転法輪の地サールナート、入滅の地クシナガラの四大聖地の一つである。ブッダ・ガヤのマハーボディ寺院は、成道の地であり、瞑想して悟りを開いた有名な菩提樹と金剛座がある。
   
 マナス野生動物保護区  マナス野生動物保護区は、インドの北東部、アッサム州を流れるマナス川流域に沿い、ブータンとの国境を接するヒマラヤ山脈の麓に広がる1928年に指定された野生動物保護区で、1973年にはトラを重点的に保護するタイガー・リザーブ、1987年には国立公園に指定されている。数年前に発見された毛が美しい猿ゴ−ルデンラングールで有名。インドオオノガン、ペリカン、鷲などの鳥類、ベンガルトラをはじめゴールデンキャット、コビトイノシシ、ボウシラングール、アラゲウサギ、アジアゾウ、インドサイ、ガウル、ヌマジカなど貴重な野生動物
   
 マハーバリプラムの建造物群  マハーバリプラムの建造物群は、インド南東部、マドラスの南56kmのタミルナードゥ州のマハーバリプラムにある。7〜9世紀に栄えたパッラバ朝の代表的なヒンドゥー教遺跡。海岸沿いの花崗岩台地に、石窟が10余、岩石寺院が9、磨崖彫刻などが残る。叙事詩〈マハーパーラタ〉の主人公の名をとった「5つのラタ」と呼ばれる石彫寺院は、南インド型の建築の原型である。
   
 レッド・フォートの建築物群  レッド・フォートの建築物群は、ジャナム川沿いのニュー・デリーにある。レッド・フォートの建築物群は、17世紀に、ムガール帝国第5代皇帝のシャー・ジャハーン(1628〜1658年)によって築かれた壮大な建築物群である。レッド・フォート(ラール・キラ)とは、城壁と門が赤砂岩でできているためつけられた俗称で、当時の正式名は、シャージャパーナバードであった。西側のラホール門と南側のデリー門はいずれも城門建築の傑作で、屋上の小停群のチャトリがインドらしさを演出している。
   
 ウジュン・クロン国立公園  ウジュン・クロン国立公園は、ジャワ島の南西端のウジュン・クロン半島、1883年に大噴火したクラカタウ火山(標高 813m)、周辺のパナイタン島、プチャン島、ハンドゥルム諸島、クラカタウ諸島などの島々と周辺海域からなる面積123051ha(陸域 76214ha、海域 44337ha)の国立公園。ウジュン・クロン国立公園は、低地熱帯雨林地帯に属し、熱帯性植物が茂り、野生生物が生息する変化に富んだ環境にあリ、インドネシアで最初の国立公園である。
   
 コモド国立公園  コモド国立公園は、インドネシアの東部、東ヌサテンガラ州のフローレス島西部、コモド島、パダル島、リンカ島、ギリモトン島、それに、サンゴ礁が広がるサぺ海峡の周辺海域を含む総面積約2200平方kmの国立公園。オーストラリア大陸から吹く熱い乾いた風と付近を流れる潮流の影響で、熱帯の島でありながら緑が少なく、わずかなヤシと潅木が見られる程度の環境である。コモド島には、土地の人が「オラ」と呼ぶ白亜紀に誕生した世界最大のコモドオオトカゲ(体長1.5〜3m、体重100kg コモドドラゴンとも呼ばれる)が生息している
   
 サンギラン初期人類遺跡  サンギラン初期人類遺跡は、インドネシアの中西部、ジャワ島の中部ジャワ州を流れるソロ川上流のサンギランにある。サンギラン初期人類遺跡は、1894年に、オランダ軍医のウジェーヌ・デュボワによって、ピテカントロプス・エレクトゥス(「直立歩行ができる猿人」の意。ジャワ原人)の化石をソロ川中流域のトリニールで発見した。1936年から1941年まで、発掘作業が行われ、ドイツの人類学者のケーニッヒスワルトが、頭蓋骨、歯、大腿骨などの化石人骨を発見、下顎骨と歯が巨大なため、メガントロプス・パレオジャバニクスと命名した。
   
 スマトラの熱帯雨林遺産  スマトラの熱帯雨林遺産は、面積が世界第6位の島、スマトラ島の北西部のアチェから南東のバンダールランプンまでのブキット・バリサン山脈に広がる。スマトラの熱帯雨林遺産は、登録範囲の核心地域の面積が2595125haで、ルセル山国立公園、ケリンシ・セブラト国立公園、バリサン・セラタンの丘国立公園の3つの国立公園からなる。なかでも、スマトラ島の最高峰で、活火山のケリンシ山(3800m)が象徴的である。スマトラの熱帯雨林遺産は、多くの絶滅危惧種を含み、多様な生物相を長期に亘って保存する上で最大の可能性をもっている。
   
 プランバナン寺院遺跡群  プランバナン寺院遺跡群は、ジャワ島中部の玄関口である古都ジョグジャ(ジョグジャカルタ)の東方15kmの広々とした中部ジャワ州のプランバナン(ソロドゥツク)平野に点在するヒンドゥー教寺院の複合遺跡。なかでも、9世紀に古タマラム朝のピカンタ王が建てたロロ・ジョングラン寺院は、“細身の処女”と愛でられ、3重構造の正方形の寺苑(内苑、中苑、外苑)を持つ。内苑には、ヒンドゥー教の三大主神、シバ、ヴィシュヌ、ブラフマーの石堂がある。
   
 ボロブドール寺院遺跡群  ボロブドール寺院遺跡群は、ジャワ島中部、ジョグジャカルタの北西42kmのプロゴ渓谷にある。8〜9世紀にシャインドラ王朝が建築した大乗仏教の世界的な石造の巨大仏教遺跡で、カンボジアのアンコール、ミャンマーのパガンとともに世界三大仏教遺跡の一つ。120m四方の基壇の上に、5層の方形壇と3層の円形壇を重ね、最上段に仏塔を載せた壇台には仏座像とストゥーパ(仏塔)が林立し、各回廊には釈迦の生涯や仏教の説話を刻んだ千数百点にも及ぶレリーフで埋めつくされている。
   
 ローレンツ国立公園  ローレンツ国立公園は、日本の真南約5500kmにある世界で2番目に大きい島であるニューギニアの西半分にあたるパプア州(旧イリアンジャヤ州)にある。公園は低地湿地帯と高山地帯の2つに区分できる。高山地帯は、インドネシア最高峰のジャヤ峰(5030m)はじめ、赤道近くにありながら氷河を頂く5000m級の山々が連なる。低地は、21世紀を迎えた今なお人を寄せつけない太古の世界が広がっており、海岸に茂るマングローブはじめ、内陸に入るにつれて非常に複雑な植物相が見られる。
   
 韓国の歴史村: 河回と良洞  韓国の歴史村: 河回(ハフェ)と良洞(ヤンドン)は、韓国の南東部、慶尚北道の安東市河回村と慶州市良洞村にある14〜15世紀に創建された韓国を代表する歴史的な集落群であり、朝鮮時代の儒教に基づく伝統的な氏族集落の中で、最も長い歴史を持つ集落で、今も住民が生活している遺産(Living Heritage)である。氏族集落とは、長子相続を基盤として同じ姓氏を持つ血縁集団が代々集まって住む村のことで、河回村は、豊山柳氏、良洞村は、月城孫氏、驪江李氏が集まって生活した村である。
   
 慶州の歴史地域   慶州(キョンジュ)の歴史地域は、韓国の東南部、慶州市の市内及び郊外に分布する。慶州は、紀元前57年から紀元後935年まで、新羅王朝千年の古都として繁栄した。慶州市内は、遺跡の性格により南山、月城、大陵苑、皇竜寺、山城の5つの地区に分けられる。新羅の歴史と仏教精神が融合した聖山である南山地区は、慶州市南部にあり、新羅の歴代王が酒宴や詩宴会を開いた鮑石亭や磨崖仏などが残っている。
   
 高敝、和順、江華の支石墓  高敝(コチャン)、和順(ファスン)、江華(クアンファ)の支石墓群は、全羅北道高敝郡、全羅南道和順郡、仁川広域市江華郡に残されている巨石墓跡。紀元前1000年頃に建造された巨大な石板の墓、ドルメンが何百となく並んでいる。梅山の麓に沿った2.5kmくらいの地域に500余基のドルメンが集まる高敝は8.38ha、10kmにわたり約500基が分布する和順が31ha、約120余基が広範囲に散在する江華が12.27haの面積を有する。
   
 済州火山島と溶岩洞窟群   済州火山島と溶岩洞窟群は、済州道、韓国の本土の南約100km、最南端の最大の島である済州島(チェジュド)にある。済州島は、面積1825平方km、温暖な気候と美しい自然に恵まれた火山島で、中央には韓国最高峰の漢拏(ハンラ)山(海抜1950m)、山麓では、天地淵瀑布、正房瀑布、城山日出峰など、自然の恩恵をうけた美しい景観を呈する。
   
 昌徳宮   昌徳宮(チャンドクン)は、首都ソウル特別市の北方にあるソウル五大王宮の一つで、敷地面積が58ha。昌徳宮は、15世紀初頭の1405年に朝鮮王朝第3代の太宗の離宮として建造され、一時期は、皇帝の正宮でもあった。昌徳宮には、1592年の壬辰倭乱(文禄・慶長の役)での火災を免れた正門の敦化門、儀式や謁見が行われた正殿の仁政殿、国王が日常の政務を行っていた宣政殿、王妃の寝室として利用されていた大造殿などの木造建造物が残り、また、大造殿の奥には、韓国庭園の特徴がよく保存されている面積が4.5万平方kmの秘苑がある。
   
 水原の華城  水原(スゥウォン)は、首都ソウルの南郊外の京畿道水原市にある。朝鮮王朝第22代王の正祖(チョンジョ)が非業の死を遂げた父、思悼世子に対する孝心と遷都を目的に1794〜1796年に漢陽(現在のソウル)の郊外の水原に最強の城塞を建築した。全長6kmにも及ぶ長大な石造りの城壁、東西南北の四方にある楼門(東の蒼龍門、西の華西門、南の八達門、北の長安門)がある。長安門の東には、光教川に架かる石橋の下に7つのアーチ型の水門がある韓国唯一の水上楼閣華虹門がある。最高所の八達山には、市内を一望できる西将台などがある。
   
 石窟庵と仏国寺  石窟庵と仏国寺は、新羅王朝(紀元前57年〜紀元後935年)の都であった慶州市(慶尚北道)の東の郊外にあり、一帯は、慶州国立公園に指定されている。石窟庵(ソクラム)は、8世紀に、伝統的な仏教信仰の聖地である吐含山(トハムサン745m)の頂上に建築された、微笑みを浮かべながら東の海の方を見つめる石仏像を擁する世界的な石像建築物で、韓国の国宝第24号に指定されている。
   
 宗廟  宗廟(チョンミョ)は、首都ソウル特別市の鐘路区廟洞にある李朝の太祖李成桂(在位1392〜1398年)が1395年に造営した儒教の霊廟で国の史蹟第125号に指定されている。李朝の太祖李成桂は、倭寇を破って名声を高め、1392年に高麗を倒して李氏朝鮮(1392〜1910年)を興し漢陽(現在のソウル)に遷都した翌年に宗廟を建てた。国宝227号に指定されている正殿には、朝鮮王朝歴代の王と王妃の位牌、それに死後に王の称号を贈られた追尊王とその王妃の神位が祀られている。
   
 朝鮮王朝の陵墓群  朝鮮王朝の陵墓群は、ソウル首都圏、京畿道、江原道に分布している。朝鮮王朝は、太祖李成桂による1392年から最後の王の純宗の1910年までの518年間にもわたって続いた最後の王朝であり、27人の王と王妃のほか、追尊された王と王妃がいる。朝鮮王朝は、李氏朝鮮、或は、李朝とも言う。世界遺産の登録面積は、1756.9ha、バッファー・ゾーンが4251.7ha、18のクラスター、1408年から1966年に造られた40の構成資産からなる。現在の北朝鮮の開城にある2つの陵墓群を除いては、韓国にある、すべての朝鮮王朝の陵墓群が登録遺産の対象である。
   
 八萬大蔵経のある伽*山海印寺(*印は人偏に耶)  伽*山(カヤサン)(*印は人偏に耶)は、韓国の南部、慶尚南道陝川郡にあり韓国仏教の中心地である国立公園。伽*山(*印は人偏に耶)の南麓にある海印寺(ヘインサ)は、統一新羅時代の802年に僧の順応と理貞によって創建された名刹。海印寺には、この世の仏典すべてを集めた81258枚の仏教聖典である国宝第32号の八萬大蔵経(パルマンデジャンギョン)と、この大蔵経板(経板一枚の大きさは、縦24cm、横69cm、厚さ2.6〜3.9cmの木版印刷用の刻板)が完全な形で保存されている。
   
 アンコール  アンコールは、カンボジアの首都プノンペンの北西にあるシエムリアプ市の郊外にある東南アジアの主要な考古学遺跡群の一つ。1860年にフランスの博物学者アンリ・ムオによって発見され、その後、本格的な調査・研究が開始された。アンコール考古学公園は、熱帯雨林地帯を含む400平方kmに広がる。この巨大な都市遺跡は、9〜12世紀のクメール王国の歴代の王によって築かれたが、1431年に隣国タイのシャム人の侵攻によって破壊された。
   
 プレア・ヴィヒア寺院  プレア・ヴィヒア寺院は、カンボジアとタイとの国境、カンボジア平野の高原の端にあるヒンズー教の最高神シヴァ神を祀る聖域を形成する宗教建築物群である。プレア・ヴィヒア寺院は、11世紀の前半、クメール王朝のスーリヤヴァルマン2世の時代に建設されたが、その複雑な歴史はクメール王国が創建された9世紀に遡る。プレア・ヴィヒア寺院は、タイとカンボジアの国境に近い遠隔地にある為、特に、良く保存されている。
   
 高句麗古墳群  高句麗古墳群は、平壌市、南浦市、平安南道、黄海南道に広く分布する。高句麗王国末期の江西三墓、徳興里壁画古墳、水山里古墳、安岳1号墳、安岳3号墳など古墳63基が含まれる。このうち16基の古墳は、石室の天井に極彩色の星宿(星座)図や「白虎」などの四神図などの美しい壁画が描かれており、高句麗時代の代表的な傑作といえる。また、古墳の構造は、当時の巧みな土木技術を証明するものでもある。高句麗文化の優れた埋葬習慣は、日本を含む他地域の文化にも大きな影響を与えた。
   
 古代都市シギリヤ  古代都市シギリヤは、コロンボから163km、スリランカのセイロン中央山脈にある中部州のマータレーにある紀元前5世紀にカッサパ王(在位477〜495年)によって造られた高さ約180mの岩の要塞である。古代都市シギリヤは、「ライオン・ロック」と呼ばれる高度370mの花崗岩の岩山の中腹の岩壁に描かれた艶やかな女性像のフレスコ画が有名である。当初は500体ともいわれたが、風化が進み現在は18体だけが残る。古代都市シギリヤの岩山の頂上には宮殿跡などが残り、ここからの眺めは雄大で眼下には果てしないジャングルが広がる。
   
 古代都市ポロンナルワ  古代都市ポロンナルワは、コロンボの北東216km、アヌラダプラの南東にある11〜13世紀に栄えたシンハラ王朝の古都。ポロンナルワは、タミル族の侵略で大きな打撃を受けたアヌラダプラに替わって、993年に首都となり、歴代の王が仏教の普及に努めた。ポロンナルワの町は、コの字型の城壁で囲まれ、灌漑工事が施されており、千以上の貯水池が残っている。
   
 ゴールの旧市街と城塞  ゴール旧市街は、コロンボの南115kmにある14世紀にアラビア商人の貿易基地として栄えた港町。16世紀には欧州列強の植民地と化す。オランダが築いた城塞都市は英支配の拠点となった。ムーン要塞や教会、スリランカ最古の洋式ホテルなどが残る。
   
 シンハラジャ森林保護区  シンハラジャ森林保護区は、スリランカの南西部、サバラガムワ州と 南部州に展開する面積約88平方kmにおよぶ森林保護区。シンハラジャ森林保護区には、年間降雨量3000〜5100mmに達する熱帯低地雨林特有の蔓性樹木、平均樹高が35 〜40mの幹が真っすぐな優勢木、ランなどセイロン島の固有植物の約6割、セイロン・ムクドリ、オオリス、ホエジカ、ネズミジカなどの動物、セイロンガビチョウなどの鳥類が分布する。シンハラジャ森林保護区は、鳥類の固有種が多いのが特徴である。1970年代末に国際的保護区に指定された。
   
 スリランカの中央高地  スリランカの中央高地は、スリランカの中央部の南、中央州にあり、ピーク野生生物保護区(19207ha)、ホートン高原(3109ha)、それに、ナックレス山地(ダンバラ丘陵地帯17825ha)が構成資産である。ピーク野生生物保護区は、1940年に野生生物保護区に指定されたスリランカで三番目に大きい自然保護区で、海から見るとコーンの形をした古くからのランドマークであり、通称スリ・パーダ(神聖な足の意味)と呼ばれる標高2243mの聖峰アダムス峰が特徴的。
   
 聖地アヌラダプラ  アヌラダブラは、中北部の県都。古代シンハラ王朝の都で、スリランカでもっとも古い首都で、計画都市として発展した。異教徒や外国人の居住区、カーストによる墓地なども別々に設けられ、病院、宿泊所、灌漑も完璧に行われていた。紀元前4世紀から600年の間、首都として繁栄したが、王族の後継者争いなどから生じた政情不安により13世紀頃に衰退し、ジャングルと化した。
   
 聖地キャンディ  宗教都市キャンディは、スリランカ中部丘陵地帯にあるシンハラ王朝最後の都(15〜19世紀初)。王位継承権の象徴でもあった仏陀の糸切り歯を祀る仏歯寺(3階建)が中心。仏歯寺は人工湖であるキャンディ湖のほとりに建てられ人々の信仰の場として年中賑わう。特に毎年7月か8月の満月の日を最終日とする10日間にわたって開催されるペラヘラ祭のパレードは、この寺院から出発する。金の容器に納めた仏歯を約100頭のきらびやかに着飾った象に乗せて3000人にも及ぶ踊り手や太鼓手と共に町中を練り歩く夏の一大ページェント。
   
 ダンブッラの黄金寺院  ダンブッラの黄金寺院は、アヌラダブラの南64kmにある黒褐色の巨大な岩山の頂上付近の天然の洞窟を利用して、スリランカの初期仏教時代である紀元前1世紀に築かれた石窟寺院。タミール軍の侵略を巻き返したシンハラ王朝のワラガムバーフ王が戦勝を感謝して建立した。5つある洞窟のうち最古の第4窟には、ブッダが涅槃の境地に入った涅槃仏、最大の第2窟には、50数体の仏像やシンハラ族とタミル族との約千年にもわたる抗争を描いた極彩色のフレスコ画があるが、歴代の王により、何度も修復されてきた
   
 アユタヤの歴史都市  アユタヤは、首都バンコクからチャオプラヤー川を遡って北へ約71kmにあるチャオプラヤー川とその支流パーサック川、ロップリー川に囲まれ、自然の要塞が形成された中洲にある。アユタヤ王朝の首都として14世紀から400年にわたり、インドシナ最大の都市として繁栄、最盛期の17世紀には、ヨーロッパとアジア諸国との貿易の中継地として、国際的に大きな役割を果たした。この間、5つの王朝、35人の王により栄華を誇ったが、度重なるビルマ軍の猛攻によって王朝が倒壊したことから、廃墟と化した。
   
 古都スコータイと周辺の歴史地区  古都スコータイは、首都バンコクの北部約447km、ピッサヌロークの西約60kmにある。古都スコータイは、タイ族最古のスコータイ王朝(1238〜1438年)の都跡。スコータイという言葉は、「幸福の夜明け」を意味する。東西1.8km、南北1.6kmの城壁と三重の塀に囲まれた都域には、見る場所、角度によって、実に様々な表情をみせる古都スコータイの中心を占めるワット・マハタートをはじめ、静寂の中に大きな仏像が鎮座するワット・スィー・チュム、トウモロコシを直立させた様な塔堂が並ぶワット・スィー・サワイ、
   
 トゥンヤイ-ファイ・カ・ケン野生生物保護区  トゥンヤイ-ファイ・カ・ケン野生生物保護区は、首都バンコクの西部130km、ミャンマーとの国境に近いカンチャナプリの郊外にある東南アジア最大級の野生生物保護区。トゥンヤイとファイカケンの2つの野生生物保護区が、1972年に設けられている。多くの湖沼池をもつ大草原(トゥンヤイは「大きな草原」という意味)
   
 ドン・ファヤエン-カオ・ヤイ森林保護区  ドン・ファヤエン-カオヤイ森林保護区は、タイの中部、バンコクの北東200kmのドン・ファヤエン連山にある森林保護区。カオは「山」、ヤイは「大きい」という意味である。ドン・ファヤエン-カオヤイ森林保護区は、タイで最初の国立公園のカオ・ヤイ国立公園、それに、タップー・ラーン国立公園、パーン・シーダー国立公園、ター・プラヤー国立公園の4つの国立公園とドン・ヤイ野生生物保護区からなる。
   
 バン・チェーン遺跡  バン・チェーンは、タイ東北部、コラート高原のウドンタニ県にある小さな集落で、1966年に、偶然、素焼きの土器が発見され、1970年に、先史時代の墓地とみられる遺跡が発掘された。副葬品の指輪、斧、壷類など素焼きの彩色土器は紀元前5000年頃の青銅器時代の製造とされ、東南アジア文明の発祥説が唱えられ、世界的に波紋を起こした。青銅器の鋳造は事実らしいが、赤い色が鮮やかで渦巻きの模様が施された独特の彩色土器は、紀元前後説が有力であるが、東南アジア考古学における重要な遺跡であることに変わりはない。
   
 「天地の中心」にある登封の史跡群  「天地の中心」にある登封の史跡群は、華北平原の西部、河南省鄭州市登封市の嵩山と周辺地域にある。嵩山は、太室と少室の2つの山からなり、主峰は海抜1440mの峻極峰である。嵩山は、古代より道教、仏教、儒教の聖地として崇められ、古代の帝王は、ここで、天と地を祭る封禅の儀式を催してきた中国の聖山の中心で、中国五岳の一つである。歴史が長く、種類も豊富で、各種の文化的意義を持った古代建築群には、碑刻や壁画などさまざまな文化財が残り、唯一無二の文化景観をなしている。
   
 安徽省南部の古民居群-西逓村と宏村  安徽(アンホイ)省南部の古民居群は、黄山市のイ県(イは、表外漢字。異体字の黒編に多と書く)、歙県、績渓などに残されており、その数は400余りに及び鑑賞価値も高い。明、清時代につくられたこれらの民居のほとんどは、両面屋根造りで、馬頭櫓と呼ばれる反り返った軒を持ち、黒い煉瓦で敷かれ、白い壁に支えられている。古代民居のほとんどは名高い安徽派の竹、木、煉瓦、石の彫刻が施されており、庭園の鑑賞価値も高い。
   
 殷墟  殷墟は、河南省安陽市小屯村付近にある4000年以上前の中国奴隷社会の殷代後期の商朝(紀元前1600年〜紀元前1046年)の首都があった所で、中国の考古学史上、20世紀最大の発見といわれている。殷墟は、広さが約24平方km、宮殿区、王陵区、一般墓葬区、手工業作業区、平民居住区、奴隷居住区に分けられる。殷墟は、面積規模、宮殿の広さなどから当時、全国的な力をもっていたことがわかる。
   
 雲崗石窟  雲崗石窟は、山西省北部、石炭の街としても有名な大同市の西16kmの武周山の麓にある中国の典型的な石彫芸術。雲崗石窟は、敦煌の莫高窟、洛陽の龍門石窟と並んで、中国三大石窟の一つに数えられる有名な仏教芸術の殿堂。雲崗石窟は、北魏の皇帝拓跋浚(僧曇曜)が4人の先帝(道武帝・明元帝・太武帝・太子晃)を偲んで造営した。1500年前の北魏時代から断崖に掘削され、453〜525年の比較的短い期間に造られた。
   
 雲南保護地域の三江併流  雲南保護地域の三江併流は、中国南西部の雲南省北西部にあり、面積が170万haにも及ぶ国立公園内にある7つの保護区群からなる。雲南保護地域の三江併流は、美しい自然景観が特色で、豊かな生物多様性、地質学、地形学、それに、地理学上も大変重要である。例えば、動物種の数は、700種以上で中国全体の25%以上、高山植物は、6000種以上で20%にも及ぶ。1998年に指定された三江併流国家重点風景名勝区の名前は、雲南省北西部を170km以上にもわたり並行して流れる怒江、金沙江、瀾滄江の3つの川に由来する。
   
 開平の望楼と村落群 開平の望楼と村落群は、広東省の省都広州から南西に200km、開平の田園に突然現れる奇妙な建築群と村落群である。開平は、14世紀以降、伝統的に欧米への海外移住が盛んになり、海外に住む中国人の華僑からもたらされたアイデアや流行のるつぼであった。開平の望楼は、清王朝(1644〜1912年)の初期に最初に建設され、1920〜1930年代に最高潮に達した。
   
 九寨溝の自然景観および歴史地区  九寨溝(チウチャイゴウ)の自然景観および歴史地区は、四川省の成都の北400km、面積が620平方kmにも及ぶ岷山山脈の秘境渓谷で、長海、剣岩、ノルラン、樹正、扎如、黒海の六大風景区などからなる。一帯にチベット族の集落が9つあることから九寨溝と呼ばれている。湖水の透明度が高く湖面がエメラルド色の五花海をはじめ、九寨溝で最も大きい湖である長海、最も美しい湖といわれる五彩池など100以上の澄みきった神秘的な湖沼は、樹林の中で何段にも分けて流れ落ちる樹正瀑布、人々の心魂をゆさぶる珍珠灘瀑布などの瀑布
   
 曲阜の孔子邸、孔子廟、孔子林  曲阜(クーフー)の孔子邸、孔子廟、孔子林は、山東省の曲阜市にある。曲阜は、春秋時代(紀元前770〜紀元前403年)の魯国の都で、中国儒家学派の創始者、教育家、思想家の孔子(紀元前551頃〜紀元前479年)の生誕、終焉の地。孔子邸は、孔子の子孫のうちの長男が住んだところで、孔子の第46代の孫、孔宗願から第77代の孫孔徳成もそこに住んでいた。孔子廟は、歴代孔子を祭るところ。孔子が死んだ翌年、つまり紀元前478年に魯国の哀公が孔子の旧居三間を改築して廟とした。
   
 黄山  黄山(ホヮンサン)は、長江下流の安徽省南部の黄山市郊外にあり、全域は154平方kmに及ぶ中国の代表的な名勝。黄山風景区は、温泉、南海、北海、西海、天海、玉屏の6つの名勝区に分かれる。黄山は、花崗岩の山塊であり、霧と流れる雲海に浮かぶ72の奇峰と奇松が作り上げた山水画の様で、標高1800m以上ある蓮花峰、天都峰、光明頂が三大主峰である。黄山は、峰が高く、谷が深く、また、雨も多いため、何時も霧の中にあって、独特な景観を呈する
   
 杭州西湖の文化的景  観杭州西湖の文化的景観は、中国の東部、浙江省の省都杭州市内の西にある。西湖と丘陵にひろがった、白堤や蘇堤などの堤や湖心亭などの人工な島々、霊隠寺、浄慈寺など数多くの寺院群、六和塔などの仏塔群、東屋群、庭園群、柳などの観賞用の木々が織りなす美しい景観は、9世紀以降、白居易や蘇東坡(蘇軾)などの有名な詩人、学者、芸術家を魅了した。この文化的景観は、杭州市内の西から長江の南に至る一帯の景観のみならず、何世紀にもわたって、日本や韓国の庭園設計にも影響を与えた。
   
 黄龍の自然景観および歴史地区  黄龍(ファンロン)は、四川省の成都の北300kmの玉山翠麓の渓谷沿いにある湖沼群。黄龍は、九寨溝に近接し、カルシウム化した石灰岩層に出来た湖沼が水藻や微生物の影響でエメラルド・グリーン、アイス・ブルー、硫黄色など神秘的な色合いをみせる8群、3400もの池が棚田のように重なり合い独特の奇観を呈する。なかでも、最も規模が大きい黄龍彩池群、それに、五彩池と100以上の池が連なる石塔鎮海は、周辺の高山、峡谷、滝、それに林海と一体となった自然景観はすばらしい。
   
 古代高句麗王国の首都群と古墳群  古代高句麗王国の首都群と古墳群は、中国の東北地方、渾江流域の遼寧省桓仁市と鴨緑江流域の吉林省集安市に分布する。高句麗は紀元前3世紀頃に、騎馬民族の扶余族の一集団が北方から遼寧省桓仁市付近に移住し、高句麗最初の山城を、五女山上に築いて都城としたのが始まりといわれている。古代高句麗王国の首都群と古墳群は、高句麗初期の山城である五女山城(桓仁市)、平地城である国内城(集安市)、山城である丸都山城(集安市)の3つの都市遺跡と高句麗中・後期の14基の皇族古墳と26基の貴族古墳からなる40基の陵墓群(集安市)が含まれる
   
 五台山  五台山は、中国の北東部、山西省の東北部の五台県にある。五台山の世界遺産の登録面積は、18415ha、バッファーゾーンは、42312haである。五台山は、標高3058m、東台 望海峰、西台 挂月峰、南台 錦綉峰、北台 葉頭峰、中台 翠岩峰の5つの平坦な峰をもった仏教の文殊菩薩の聖山で、53の寺院群などが文化的景観を形成し、土の彫刻群がある唐朝の木造建造物が残っている。五台山の建造物群は、全体的に仏教建築の手法を提示するものであり、1000年以上にわたる中国の宮殿建造物に発展させ影響を与えた。
   
 三清山国立公園  三清山国立公園は、中国の中央部の東方、江西省の北東部の上饒市にあり、世界遺産の核心地域の面積は22950haに及ぶ。三清山(サンチンサン)の名前は、標高1817mの玉京峰をはじめ、玉華峰、玉座峰の三つの峰があり、道教の始祖、玉清境洞真教主・元始天尊、上清境洞玄教主・霊宝天尊、太清境洞神教主・道徳天尊の三人が肩を並べて座っている姿に見立てて付けられたと言われている
   
 四川省のジャイアント・パンダ保護区群−臥龍、四姑娘山、夾金山脈  四川省のジャイアント・パンダ保護区群は、四川省を流れる大渡河と岷江の間に位置する秦嶺山脈の中にある臥龍など7つの自然保護区と四姑娘山、夾金山など9つの風景名勝区からなる。世界遺産の登録面積は924,500haで、世界の絶滅危惧種のパンダの30%以上が生息する地域である。第三紀の古代の熱帯林からの残存種であるジャイアント・パンダ(大熊猫)の最大の生息地を構成し、繁殖にとって、種の保存の最も重要な地である。また、レッサー・パンダ、ユキヒョウ、ウンピョウの様な他の地球上の絶滅危惧動物の生息地でもある
   
 周口店の北京原人遺跡  周口店(ツォーコーテン)の北京原人遺跡は、北京の南西54kmの房山区の周口店村にある。1929年に北京大学の考古学者の裴文中によって、この村の西北にある竜骨山を中心とする石灰岩の洞穴の裂隙内で、旧石器時代の遺跡が発見された。約50万年前のシナントロプス・ペキネンシス(北京原人)の頭蓋骨、大腿骨、上腕骨などの骨をはじめ、石器や石片、鹿の角の骨器、火を使用した灰燼遺跡などが発見されている。
   
 承徳の避暑山荘と外八廟  避暑山荘(ピースーサンツァン)は、北京の北東約250km、河北省の承徳市北部の風光明媚な山間地にある清朝歴代皇帝の夏の離宮。中国風景の十大名勝地の一つで、世界に現存する最大の皇室庭園。承徳にあることから承徳離宮という別称があり、熱河行宮とも呼ばれる。康煕帝(在位1661〜1722年)が1703年に着工、乾隆帝(在位1735〜1795年)の1792年に竣工した。総面積は564万平方kmで、建築面積は10万平方m、建物は110余棟、約10kmの城壁に囲まれている。
   
 秦の始皇帝陵  秦の始皇帝陵(チンシーファンテリン)は、陜西省西安市の東の郊外35km、驪山の北麓にある紀元前221年に中国を統一した最初の皇帝で絶大な権力を誇った秦の始皇帝(在位紀元前221〜紀元前210年)の陵園。始皇帝陵(驪山陵)は、東西485m、南北515mの底辺と55mの高さをもつ方形墳丘で、築造には38年の歳月が費やされ、70万人の職人や服役者が動員されたという。陵墓の周辺には、副葬墓などの墓が400以上あり、銅車馬坑、珍禽異獣坑、馬厩坑、それに、兵馬俑坑などの副葬坑があり、これまでに、5万余点の重要な歴史文物が出土している。
   
 青城山と都江堰の灌漑施設  青城山と都江堰の灌漑施設は、成都の西58kmにある都江堰市にある。チベット高原の東端にある青城山(1800m)は、灌県の南西15kmにあり、36の山峰、38の道教の寺院、108か所の名勝を有する名山。山全体が囲まれた城の様に見えるので、青城と名づけられた。青城山は、アジアで最も信仰されている宗教の一つである道教(始祖 張道陵)の発祥地であり、上清宮、天師洞、建福宮など一連の古寺と庭園が残されており観光リゾート地にもなっている。
   
 蘇州の古典庭園  蘇州の古典庭園は、江蘇省の東部、「東洋のベニス」といわれる水郷が印象的な歴史文化都市 蘇州にある。蘇州の古典庭園は、自然景観を縮図化した中国庭園の中でも、その四大名園(滄浪亭、獅子林、拙政園、留園)は名作である。宋、元、明、清代の16〜18世紀に造られた山水、花鳥と文人の書画で飾られ、自然と文化がうまく融合している。なかでも、拙政園は、蘇州最大の庭園で、北京の頤和園、承徳の避暑山荘、蘇州の留園と並んで中国の四大名園の一つにも数えられている。
   
 泰山  泰山(タイシャン)は、山東省の済南市、泰安市、歴城県、長清県にまたがる華北平原に壮大に聳える玉皇頂(1545m)を主峰とする中国道教の聖地。秦の始皇帝が天子最高の儀礼である天地の祭りの封禅を行って後、漢武帝、後漢光武帝、清康煕帝などがこれに倣った。泰山の麓の紅門から岱頂の南天門までの石段は約7000段で、全長約9kmに及ぶ。玉皇閣、それに山麓の中国の三大宮殿の一つがある岱廟、また、泰刻石、経石峪金剛経、無字碑、紀泰山銘など各種の石刻が古来から杜甫、李白などの文人墨客を誘った。
   
 大足石刻  大足石刻(ダァズシク)は、重慶市街から160km離れた四川盆地の中にある大足県内の北山(Beishan)、宝頂山(Baodingshan)、南山(Nanshan)、石篆山(Shizhuanshan)、石門山(Shimenshan)一帯の断崖にある摩崖造像の総称。これらは、中国の晩期の石刻芸術の精華を集めた独特な風格をもち、甘粛省の敦煌にある莫高窟、山西省の大同にある雲崗石窟、河北省の洛陽にある龍門石窟に並ぶ秀作。この一帯には76の石窟があり、合わせて10万体の石像があり、石刻銘文は10万字にも及ぶ。
   
 中国丹霞  
中国丹霞は、中国の貴州省の赤水、湖南省の莨山、広東省の丹霞山、福建省の泰寧、江西省の竜虎山、浙江省の江朗山の6つの地域からなる、地質学的、地理学的に関連した中国の丹霞地形(英語:Danxia Landform、中国語:丹霞地猊)のことである。中国の丹霞地形の6地域の核心地域は、82151ha、緩衝地域は、136206haであり、独特の自然景観を誇る岩石の地形で、険しい絶壁が特徴的な赤い堆積岩から形成されている。
   
 中国南方カルスト  中国南方カルストは、雲南省石林イ族自治県、貴州省茘波(れいは)県、重慶市武隆県にまたがるカルスト地形の奇観で知られた地域である。中国は世界有数の石灰岩と白雲岩を主とした炭酸塩岩の岩石地帯であるが、中国南方カルストは、雲南石林カルスト、茘波カルスト、重慶武隆カルストからなり、中国のカルスト地形面積全体の55%を占める。
   
 莫高窟  莫高窟(モーカオクー)は、西域へのシルクロードの戦略的な要衝として、交易のみならず、宗教や文化の十字路として繁栄を誇った敦煌の東南25kmのところにある。敦煌には、莫高窟、西千仏洞、楡林窟の石窟があるが、その代表の莫高窟は、甘粛省敦煌県の南東17kmの鳴沙山の東麓の断崖にある、南北の全長約1600m、492の石室が上下5層に掘られた仏教石窟群。石窟の内部には、4.5万平方mの壁画、4000余体の飛天があり、また、2415体の彩色の塑像が安置されていることから、千仏洞という俗称でも呼ばれている。
   
 万里の長城  万里(ワンリー)の長城(チャンチョン)は、紀元前7世紀に楚の国が「方城」を築造することから始まって明代(1368〜1644年)に至るまで、外敵や異民族の侵入を防御する為に、2000年以上にわたって築き続けた城壁。北方の遊牧民族の侵入を防ぐ為の防衛線としたのが秦の始皇帝(紀元前259〜210年)。東は、渤海湾に臨む山海関から、西は、嘉峪関までの総延長は約8851.8km(約1万7700華里)。城壁の要所には、居庸関、黄崖関などの関所、見張り台やのろし台が置かれている。
   
 福建土楼  福建土楼は、福建省の南西部、永定県、南靖県、華安県に分布している客家(はっか)と呼ばれる人々が12〜20世紀にかけて建てた土楼で、客家土楼とも呼ばれる。世界遺産リストに登録されたのは、10か所の46棟の土楼群である。福建土楼の外観は独特で、円形の「円楼」、四角形の「方楼」など特有の建築様式と悠久の歴史や文化を誇る集合住宅である。福建土楼は、宋・元時代に建てられ、明の時代に発展し、17〜18世紀の明の末期、清、民国で成熟期を迎え、今日に至っている。
   
 武夷山  武夷山(ウーイーシャン)は、福建省と江西省とが接する国家風景名勝区にある。「鳥の天国、蛇の王国、昆虫の世界」と称され、茫々とした亜熱帯の森林には、美しい白鷺、猿の群れ、そして、珍しい鳥、昆虫、木、花、草が数多く生息しており、1979年には国家自然保護区、1987年には、ユネスコの「人間と生物圏計画」(MAB)の生物圏保護区にも指定されている。また、脈々とそびえる武夷山系の最高峰の黄崗山(標高2158m)は、「華東の屋根」とも称されている。
   
 武当山の古建築群  武当山(ウータンサン)の古建築群は、湖北省西北部の丹江口市郊外の武当山の美しい渓谷と山の傾斜地にある。武当山は、大和山ともいい、古くからの民間信仰と神仙思想に道家の説を取り入れてできた道教の名山で、また、北方の少林武術と共に有名な武当派拳術の発祥の地でもある。明の永楽帝が中心になって、15世紀初頭に建築に着手し、元和観、遇真宮、玉虚宮、磨針井、復真観、紫霄宮、太和宮、金殿など8宮、2観、36庵、72岩廟、39橋、12亭、10祠などの道教建築群を築いた。
   
 武陵源の自然景観および歴史地区  武陵源(ウーリンユアン)の自然景観および歴史地区は、湖南省の北西、四川省との境にある武陵山脈の南側にある標高260〜1300m、面積369平方kmの山岳地帯。武陵源は、1億万年前は海であったが、長い間の地殻運動と風雨の浸食により石英質の峰が林立し、奥深い峡谷がある地形が形成されたといわれている。
   
 平遥古城  平遥(ピンヤオ)は、山西省の省都、太原の南100kmにある14世紀に造られた中国の歴史都市で、現在は平遥県の県都。平遥の雄大で壮観な古城壁は、紀元前11世紀から紀元前256年の周期に築城され、14世紀の明代に拡張された。平遥古城は、城壁の周囲の全長が6.4kmの四角形で、城壁の高さは約12m、幅が平均5m、城壁の上には、見張り台の観敵楼が72、城壁の外側には、幅、深さとも4mの堀がある。城門は、東西、南北に合計6つあり、それぞれの城門には、高さが7m近くもある四角形の古い城楼が建っている。
   
 北京と瀋陽の明・清王朝の皇宮  北京と瀋陽の明・清王朝の皇宮、いわゆる故宮は、北京市中央部の東城区、天安門の北側にある。故宮は、昔、紫禁城と呼ばれ、明の成祖永楽帝(在位1402〜1424年)が14年の歳月をかけて1420年末に完成させた宮城で、1924年に、最後の皇帝の溥儀(1906〜1967年)が紫禁城を出ていくまで、明・清両王朝の24代の皇帝が居住した。
   
 北京の頤和園  北京の頤和園(イーホーユアン)は、北京市内から西へ10km離れた海淀区にある中国最大の皇室庭園の一つである避暑山荘。頤和園は、初めは1153年に建造された皇帝の行宮であった。1860年に英仏連合軍によって破壊されたが1888年に西太后慈禧によって再建され、完工後に頤和園という名前になった。頤和園は、仁寿殿を中心とする政治活動区、玉瀾堂、楽寿堂などの皇帝の生活区、そして、昆明湖(220ha)と万寿山(高さ58.59m)からなる風景遊覧区に大別される。総面積は290haで、そのうち昆明湖が約4分の3を占めている。
   
 北京の天壇  天壇(テンタン)は、天安門の南、北京市崇文区にある南北1.5km、東西1km、面積が約270万平方mもある中国最大の壇廟建築群。天壇は、明の永楽18年(1420年)に創建され、明と清の2王朝の皇帝が毎年天地の神を祭り、皇室先祖、五穀豊穰を祈った所。天壇は、内壇と外壇からなり主な建築物は内壇にある。内壇の北側には、祈年殿、皇乾殿、南側には、圜丘壇、皇穹宇などがある。
   
 澳門の歴史地区 ]   澳門(マカオ)の歴史地区は、澳門特別行政区のギアの丘など3つの小高い丘に分布する。澳門は、4世紀以上にわたるポルトガル統治時代を経て、1999年12月に中国に返還されたが、1550年代以来、東洋と西洋を結ぶ貿易の中継地点であり、また、カトリック布教の重要な拠点であった。澳門は、ポルトガル文化の影響を大きく受けながらも、中国文化を色濃く残した独自の魅力的な文化を作り上げてきた。
   
 明・清王朝の陵墓群  明・清王朝の陵墓群は、湖北省の鍾祥にある明顯陵、河北省の遵化にある清東陵、河北省易県にある清西陵、遼寧省瀋陽市にある清昭陵、清福陵、清永陵、北京市の明十三陵、江蘇省南京市の明孝陵からなる。伝統的な建築デザインと装飾を施した多数の建物を建設するために、古来の風水の思想に則って慎重に立地は選定された。明・清皇室の陵墓群は、中国の封建時代特有の世界観と権力の概念が5世紀にわたって受け継がれている。
   
 楽山大仏風景名勝区を含む峨眉山風景名勝区  峨眉山(オーメイサン)は、四川省の省都である成都から225km離れた四川盆地の西南端にある。中国の仏教の四大名山(峨眉山、五台山、九華山、普陀山)の一つで、普賢菩薩の道場でもある仏教の聖地。峨眉山の山上には982年に建立された報国寺など寺院が多く、「世界平和を祈る弥勒法会」などの仏教行事がよく行われる。また、峨眉山は、亜熱帯から亜高山帯に広がる植物分布の宝庫でもあり、樹齢千年を越す木も多い。一方、楽山(ローサン)は、中国の有名な観光地で、内外に名高い歴史文化の古い都市である。
   
 ラサのポタラ宮の歴史的遺産群  ポタラ宮 ラサのポタラ宮の歴史的遺産群は、チベット自治区政府所在地のラサにある。ポタラ宮は、標高3700mの紅山の上に建つチベット仏教(ラマ教)の大本山。ラサもポタラもサンスクリット語で、神の地の普陀落(聖地)を意味する。7世紀に、ネパールと唐朝の王女を娶ったチベットの国王ソンツェン・ガンポ(在位?〜649年)が山の斜面を利用して築いた宮殿式の城砦は、敷地面積41万平方m、建築面積13万平方m、宮殿主楼は、13層、高さ116m、東西420m、南北313mにわたる木と石で造られたチベット最大の建造物。
   
 龍門石窟  龍門(ロンメン)石窟は、河南省洛陽の南14km、伊水の両岸の龍門山(西山)と香山(東山)の岩肌に刻み込まれた仏教石窟群。龍門の石窟と壁龕(へきがん)は、北魏朝後期(493年)から唐朝初期(907年)にかけての中国最大規模かつ最も感動的な造形芸術の集大成。代表的な石窟は、北魏時代の古陽洞、賓陽洞、蓮花洞と唐時代の潜渓寺洞、万仏洞などで圧巻。龍門石窟で見られる美術は仏教から題材をとったものばかりであり、中国の石仏彫刻の最盛期を代表している。敦煌の莫高窟、大同の雲崗石窟と並び中国三大石窟の一つに数えられている。
   
 麗江古城  麗江(リィチィアン)は、雲南省北西部の獅山、象山、金虹山、玉龍雪山が望める海抜2400mの雲貴高原にある長い歴史をもつ古い町で、大研鎮とも称される。納西(ナシ)族自治県の中心地にある麗江古城は、宋代の末期の1126年に建設された。麗江古城内では、黒竜潭の水を水路で家々まで流し、354本の橋で結んでいる。旧市街の四方街などが昔ながらの古風で素朴な瓦ぶきの民家の町並みを残しており、大小の通りや五花石が敷きつめられた路地が整然として四つの方向に延びている
   
 盧山国立公園  盧山(ルーサン)は、江西省九江市の南にある陽湖のほとりにある「奇秀にして天下に冠たり」といわれる名山であり、中国文明の精神的中心地の一つ。盧山の最高峰は海抜1474mの大漢陽で、美しくそびえ立つ五老峰や九奇峰などの峰々、変幻きわまりない雲海、神奇な泉と滝、東晋時代の仏教浄土教の発祥地である東林寺、中国古代の最初の高等学府のひとつである白鹿洞書院をはじめ、道教、儒教の寺院が混在している。
   
 カトマンズ渓谷  カトマンズ渓谷は、ヒマラヤ山脈の南、標高1300mの盆地にあるカトマンズ市、バクタプル(バドガオン)市、ラリトプル(パタン)市にまたがる。先住民のネワール人による13〜18世紀のマッラ王朝の時代に、パタンとバドガオンの2王朝とも共存し、仏教とヒンドゥー教とが融合したネワール文化を開花させた。カトマンズ旧市街のダルハール広場にあるマッラ、パタン、バドガオンの3王朝の王宮をはじめ、銀の扉の優美な建築で有名なシヴァ神の寺院であるパシュパティナート寺院
   
 サガルマータ国立公園  サガルマータ国立公園は、ネパールの東部、首都カトマンズの北東165km、中国と国境を接する総面積1244平方kmの山岳地帯、サガルマータ県ソルクンブ郡にある。世界最高峰のエベレスト(ネパール語でサガルマータ、シェルパ族の間ではチョモランマ)をはじめローツェ、マカルー、チョオユの4座を中心に7000〜8000m級のヒマラヤ山脈の山岳地帯を含む世界の屋根である。サガルマータ国立公園は、1976年に国立公園に指定された。
   
 釈迦生誕地ルンビニー  釈迦生誕地ルンビニーは、カトマンズの南西250kmのヒマラヤ山麓のタライ高原にある。仏教の開祖ガウタマ・シッダールタ(尊称は仏陀、釈迦牟尼)は、紀元前623年に、カピラバストのスッドーダナ王を父にマヤ(摩耶)夫人を母としてルンビニーに生を受けた。その生誕地は世界中の仏教徒の巡礼地。紀元前250年にここを巡礼したインドのマウリヤ朝のアショーカ王(在位紀元前268年頃〜紀元前232年頃)が建てた仏陀の生誕地を示す石柱、マヤ夫人が出産後に沐浴したといわれるプシュカーリ池、仏陀の誕生を描いた石像が残されている
   
 チトワン国立公園  チトワン国立公園(旧ロイヤル・チトワン国立公園)は、ネパールの首都カトマンズの南西120kmにあり、インドとの国境地帯のタライと呼ばれる標高70〜200mの平原の湿地帯に広大なジャングルと草原が展開する。不法な移住、森林の伐採、乱獲などの脅威から守る為、1973年に国立公園に指定された。チトワン国立公園には、絶滅の恐れのあるインドサイのほか、ベンガルタイガー、ナマケグマ、ヒョウ、野牛、象などの大型動物や、山猫やイノシシなどの野生動物が生息している。